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第七十一話 愚民共




「何故、愚民共は当たり前のように生活出来てると思う?」


 貴族街に並ぶ屋敷の一つ、贅の限りを尽くした調度品ばかり揃えた部屋にその男はいた。

 

 良く言えば、恰幅のある体型。


 悪く言えば、肥満体型。


 両手の指には大きな宝石の着いた指輪がはめられている。


 シュラート家現頭首チャミル・シュラートは自室のこれまた煌びやかな装飾品をあしらえたソファーにその身体を沈める。


 主の重量でソファーが小さな悲鳴をあげるが、当の本人は気にする様子はない。


「チャミル様のように素晴らしい貴族がいらっしゃるからこそです。」


 ソファーの横に控える執事は当然のように迷いのない答えを返した。


「そうだろう、そうだろう。」


 その返答に満足そうにうなずいたチャミルは執事が淹れた紅茶を口に運ぶ。


「問題はそんな簡単な事さえ分からない愚民共が増えている事だ。」


 チャミルは眉間に皺を寄せると、その『愚民共』の一人について執事に尋ねる。


「例の『書状』の返答はまだ来てないのか?」


「ええ、まだ届いておりません。チャミル様の温情に感激し、どのように返答をすれば失礼のないか、その足りない頭で考えているのでしょう。愚民なりに。」


 執事の言葉はチャミルへの機嫌取りもなければ、嘘偽りもない。


 本当にそう思っているし、それが正しいと考えている。


 『書状』の内容も全て知っているが、特におかしいとは感じていない。


 何も持たない愚民が高貴なる方々の為に全てを捧げるのは義務なのだ。


 執事もまたそんな考えの持ち主だった。


「うむ、そうかそうか。」


 執事の答えにチャミルも満足したのか空になったティーカップを差し出し、紅茶のお代わりを催促する。


「明日までは待ってやろう。寛大な心でな。」


 そう言いながらも、チャミルはどのように『愚民(ハイキ)』を屈服させるか、考えを巡らす。


 面白い案が浮かべば、すぐにでも実行させようとすら思っている。


 そんな主の為に執事が紅茶を淹れようとした瞬間、それは起きた。



 コンッコンッコンッ


「!」


「む?」


 何かを叩く音に二人が目を向けると、白い鳥が窓ガラスにくちばしを当てていた。その足下には小さな紙が巻かれている。


「…『商い』からの連絡鳥です。確認します。」


 商業ギルド(商い)には『親密な関係』の職員も複数いる。


 未発表の情報を前もってチャミルに伝える事で『お礼』を受け取り、その情報でチャミルはビジネスを有利に進めたり、摘発などの危険を回避していた。


 今回の内容も『親密な関係』の職員からの密告だろう。


 二人はそう確信していた。


 内容は読む前から分かっている。


 商業ギルド(商い)にも正式な抗議書を送っていた。


 その結果が書かれているはずだ。


「愚民にしてはまあまあな決断の早さだ。しかし、私の貴重な時間を使わせたのだ。それ相応の罰を受けさせないとな。」


 つい数分前の発言など気にも留めず、チャミルは勝手な言い分で罰を考える。


 執事は慣れた手つきで連絡鳥の手紙を外し、それを広げ、


「なっ!?」


 予想もしなかった内容に思わず声をあげた。


「ど、どうした!」


 常に完璧な執事として振る舞っていた男の驚きにチャミルも動揺する。


 だが、執事は口をパクパクと動かしながらも声を一切出さない。


「見せろ!」


 重い身体を起こし、執事の手から手紙を引っ張ったチャミルはその短い言葉を目にした。


『愚民、ユーランから逃亡』



 その言葉の意味をチャミルが理解した時、


「なんだこれはあああ!?」



 主の絶叫が屋敷中に響いた。





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