第六十九話 頭が痛くなる話でした
「…以上が現状で分かっている事です。」
「……マジですか。」
ギルゼさんは俺に商店街の人達に何があったのか話してくれた。
シュラートは当初、商店街の人達に土地を買わせて欲しいと自分の執事を通して頼んできたそうだ。提示された金額は相場に合うものだったけど、「分かりました」と簡単に応じる人は誰もいなかった。
土地の値段は相場通りでも、土地を売り払った後の生活を考えたら、出された金額は少なすぎた。
何より、みんな自分達のお店を手放したいとは思わなかった。
イールさんはその事を正直に話し、正式な断りをいれた。
…でも、プライドの高いシュラートはそれを理解出来なかったし、許さなかった。
『最大限の譲歩をしたのに金を搾り取ろうとする愚か者』…
シュラートはそう決めつけた。
それからすぐに商店街では問題が起きるようになった。
チンピラやごろつきが脅しをかけてきたり、根も葉もないお店の悪評が出回ったり、買い物をしたお客を襲う通り魔や悪質なクレーマーも現われた。
イールさん達もなんとかしようとしたけど、問題は止まらず、次第に商店街の売り上げは落ち、生活が厳しくなるお店も出てきた。
段々と商店街の空気は悪くなり、お店の人達も怒りっぽくなったり、面倒なクレーマーに耐えきれず、手を出してしまう人も増えてしまった。
それこそがシュラートの企みだった。
「シュラート様はビジネスで金貸しも行っています。自分の手で店の経営を追い込み、疲弊しているところに息のかかった金貸しを送り込む。そして、当人が理解出来ぬ内に土地の権利を契約に組み込んでいるのです。」
限界が近づいてきたお店に現われた金貸しは「お店を助けさせてくれ」と頭を下げる。お店の人も最初こそ警戒するが、何日も訪れ寄り添うように言葉をかける金貸しに気を許し、その善意を受け入れてしまう。
悪意が仕込まれた偽りの善意を…
金貸しはその隙を逃さない。
「手続き上必要だから」と用意した契約書には「期日までに返済出来なければ土地の権利をもらう」と書かれているけど、金貸しは当然説明なんてしない。
善は急げとまともに読ませる時間も与えずサインをさせて、控えも渡さない。
で、返済日に元金とそれ以上にふくれあがった利子を請求する。
お店の人はそこでようやく騙された事に気づくが、金貸し側は「契約書にサインをしている」という一点で土地の権利を堂々と奪っていく。
だけど、ここで終わりじゃない。
土地の権利を手に入れても金貸しはお店の人達を追い出したりしない。
その後もお店の営業を許すが、毎月利子と土地代を払わせる。利子も土地代もギリギリ払える金額だから、お店の人も「いつか返済出来る」と信じて払い続ける。
現代日本なら即逮捕案件だけど、ここは異世界だ。
運営しているトップが貴族である以上、一般市民に勝ち目はなく、まともに抵抗する事も出来ないそうだ。
ギルゼさんは商店街に起きている状況を知り、シュラートに抗議をしたそうだけど、知らぬ存ぜぬで通され、すでに商店街の三割が土地の権利を奪われている。
「ここだけの話…今ではお客様とのちょっとしたいざかいで我を忘れた大喧嘩というのも珍しくありません。商店街の方もその治療費や迷惑料で仕方なく借金をしてしまうと言う事も起きています。」
シュラートが仕掛けた罠かとギルゼさんは考えたそうだけど、ギルゼさんの調べた限りいざこざのあったお客さんはシュラートとは一切関わりのない人達だった。
それだけみんな気がたっているんだろう。
…俺も初対面で危ない目に遭いそうになったしな。
「シュラートはなんで貴族専用施設を造りたいんです?それにどうしてあの場所なんですか?」
場所だけなら他にも候補があるはずなのに、あの商店街なのか。
そんな俺の疑問に対してギルゼさんは咳払いをすると、
「『庶民の小銭で回す経済はたかが知れている。貴族の持つ富には圧倒的な価値がある。こんなしょうもない場所は私が有効活用してやろう』…だそうです。」
「………」
「…誇張は一切ありません。一言一句同じ言葉です。」
「…なんですかそれ。」
本当に馬鹿すぎる…
その小銭がなければ世の中が回らないってなんで分からない?
どうして自分達だけが世界を動かしていると思えるんだ?
「…大変ですね、ギルゼさんは。」
「…お気遣い感謝いたします。」
ギルゼさんのおかげで色々な事が分かったけど、まとめると…
『大馬鹿貴族が自分の見栄の為に貴族専用の商業施設を造ろうとして、そのせいで商店街の人と俺まで狙われる事になった』
って事だ。
「…はあ。」
ため息を一つつく。
…本当に頭が痛くなってきた。
なにが悲しくてこんな目に遭わないといけないんだ。
こっちは静かに暮らしたいだけなのに…
そのまま、なんとなくギルゼさんに目をやると…
「!」
ギルゼさんも苦しい表情をしていた。
考えてみれば当たり前だ。
ギルゼさんはずっと俺に謝り続けているけど、この人は何も悪くない。
商業ギルドの代表として戦ってくれている。
俺だけじゃなくて、多分商店街の人達の事も考えてずっと…
「…仕方ないか。」
そう自分の口で言葉にする。
いつまでもうだうだしている訳にはいかない。
正直、気持ちもごちゃごちゃしているし、面倒だけど。
あんな顔視たら文句ばかり言えないな。
「…よし。」
今はやれる事を考えよう。
一般市民にケンカを売った事、後悔させてやる…!