第六十八話 目的を知りました
「全てはハイキ様が【赤の牙】を倒した事から始まっています。」
「…はい。」
「シュラート様が支援していた【赤の牙】を商人であるハイキ様が難なく倒してしまい、シュラート様は自身の顔を潰されたとお怒りになられた。そして、『脅迫状』や『抗議書』を送りつけるほど、ハイキ様に執着している。」
そうだ。
あの日の、あの事件がスタートになっている。
…後悔はしていない。
もし、何もしなかったら今頃どんな目にあっていたか分からない。
だから何を言われても気にする事じゃない。
気にしてはいけない。
「…ですが、それは表向きな理由に過ぎません。」
「え?」
ギルゼさんの言葉に驚いたけど、俺を気遣っている訳ではないようだ。
「前提が違っているのです。シュラート様は『ハイキ様が【赤の牙】を倒したから執着している』のではなく、『ハイキ様に執着していたから【赤の牙】はハイキ様を狙った』のです。」
「………」
いきなり分からない事になった。
『前提が違う』?
シュラートはもっと前から俺を知っていた?
とりあえず続きを促すと、ギルゼさんは言葉を続けた。
「実はシュラート様はハイキ様が露店通りで商売をする以前から、商店街に眼を着けていました。正確に言えばハイキ商店の周囲も含めたあの一帯もです。」
「…?」
ますます分からない。
貴族が商店街を気にする理由もだけど、特にハイキ商店がある場所は今も空き家も並んでいる閑散とした場所だ。
最近、注目され始めているけど、まだ活気がある訳でもないし、俺が商売を始める前なら本当に何もなかったはずだ。
貴族がわざわざ欲しがる物なんて…
……
………
「…土地ですか?」
消去法だとそれしかない。
物や人も考えたけど、それならハイキ商店のある場所まで眼を着ける必要はないし。
「その通りです。シュラート様はあの土地、その権利が欲しいのです。」
土地の権利…
ずいぶん具体的なものだ。
でも、あれだけの土地を手に入れてどうするつもりなんだ?
それなりに広いけど全部私有地にしたところで、あのままじゃとても得をするとは思えない。
…まさか、大規模な魔法でも使うのか?
異世界物語には土地に流れる魔力を触媒にしたり、巨大な魔法陣を描く為に広大な土地を求める人間もいたとあった。
…シュラートもそれをするつもりか?
じゃないと、ここまでする理由が見つからない。
「シュラート様の目的はですね…」
「……」
俺は固唾を飲んで、ギルゼさんの言葉を待った。
「あの周辺の土地を全て更地にして…」
「………」
「貴族専用の高級商店街及び宿泊施設を造る事です。」
………
……………
………………
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?
「…あの、ギルゼさん?」
「なんでしょうか。」
「…マジですか?」
「…マジです。」
「なにか、こう…大きな魔法を使うために広い場所や土地の魔力が必要とかは…」
「一切ありません。自分の有能さを見せつけ、他の貴族よりも一目置かれたいが為に行おうとしているだけです。」
「…そうですか…あの、今からすごく失礼な事を言いますけど、よろしいですか?」
「どうぞ、遠慮無く。」
「では、お言葉に甘えまして………馬鹿ですよね?」
「それ以上的確な言葉は見つかりませんね。」
…どうやら本当らしい。
いやいや、俗物的過ぎるでしょ。
異世界だからもっとファンタジー的な内容だと思ったのに…
「はあ…」
なんか、一気に力が抜けた。
来客用のふかふかソファーにもたれかかりながら、俺は当たり前の事を口にする。
「そんな事して…今住んでいる商店街の人達はどうなるんです?まさか、適当なお金を渡してそれっきりなんて事はないですよね。」
「………」
「うわ…」
…ギルゼさんの沈黙で察してしまった。
シュラートは本当にダメな貴族らしい。
サイラさんも人の住んでいた家を三軒購入してたけど、あの人は自分から住んでいた人達と話し合って、引っ越し費用から新しいお店の開店資金、数ヶ月分の生活費に、頼みを聞いてくれたお礼までをきちんと渡して、円満に済ませていた。
…シュラートって本当に要職に就いている貴族なのか?
そもそも…
「あれだけの土地に貴族専用の施設なんて造って運営なんて出来るんですか?」
貴族を相手にするなら、それ相応の礼儀を身につけた人が必要になる。二、三店ならなんとかなっても、あの広い場所全部のお店を全部そういう風にするなら…百人単位で人がいる。
このユーランに即戦力になる人間がどれだけいるかは分からないけど、かなり厳しいはずだ。
「…難しいでしょうね。そもそも、最低限の礼儀作法なども一日二日習ったところで物に出来るものではありません。長い年数をかけて身につける…一種の技みたいなものですから。」
「…で、言い出しっぺの当人はそんな事も分かっていないと。何考えているんですか。」
もう隠すのも限界なので、本音を出す事にする。
「商店街で働いていた人達は居場所がなくなるし、貴族専用になればこれまで商店街を利用していた人もいなくなる。そうなったらこの周辺だけじゃなくて、商店街と取引していた所も被害を受けて、ユーランの街全体を巻き込んだ騒動になりますよ。」
商店街には『小鳥の宿』みたいに宿に食材を届けるお店もあれば、生産者から直接買い付けるお店もある。そんなお店がいきなりなくなれば、今まで取引をしていた人達の損害は計り知れない。
大量の失業者、それによる経済の悪化、さらには国を揺るがす大不況…
学生だった時に歴史の授業で聞いていたような事がこのユーランで起きてしまうかもしれない。
「得をするのは施設を造ったシュラートだけ…それも一時的なものだし、絶対にそれ以上に厄介な事になる。」
貴族を相手にする以上、豪華な装飾やサービスの質にこだわった施設にするのだろう。
だけど、そんな施設なら維持費だけでもとんでもない金額になるはずだ。
それに実際に利用する貴族がいたとして、毎日訪れて大金を落とすとは考えられない。
さっきも言ったように人の問題もある。
つまり…すでに今の時点で経営として破綻している。
他にも理由は色々あるだろうけど、確実なのは誰も幸せにはならないって事だけだ。
ギルゼさんはメガネをあげると深く頷いた。
「私もそう思いますし、商業ギルドもこの計画には反対をしていました。ただ…シュラート様はいくら理由を説明しても『自分に任せれば何も心配ない』と言うだけで…ご納得はされていないようでしたが、資金の問題もありましたので最近まで大人しくされていました。」
権力を持った謎の自信持ちって…一番タチの悪い人だよ。
で、失敗すると良い訳ばかりして自分が悪くないって言うんだよな。
そんなシュラートも『最近まで』大人しかった…か。
この後の展開はなんとなく分かった気がする。
「シュラートは俺を利用しようと思っているんですね。」
ギルゼさんはゆっくり頷いて、申し訳なさそうに俺を見た。
「【赤の牙】が捕まった前日のパーティーでも『資金の目処が着いた』と自ら施設開発の動きを再開すると参加者に触れ回っていたそうです。恐らく今も…」
「…資金って。」
人としてすら視られてないのか。
まあ、でも納得出来た。
【赤の牙】が強引に勧誘してきた理由も。
【赤の牙】の本当の目的は『俺をパーティーに入れる事』じゃなくて、『俺をシュラートの元に連れて行く事』だった。
あの時の俺はEランクの商人だったけど、商売はうまくいって大繁盛していた。
シュラートはそんな俺に目を付けた。
貴族の権限と無茶苦茶な言い分を使って、俺を資金集めの道具にしようとしたんだろう。後ろ盾のないEランクの商人ならどうとでも出来ると思って。
…自分の目的の為に。
だけど、俺が【赤の牙】を返り討ちにして、Bランクに特例ランクアップした事でシュラートの計画は狂ってしまった。
Bランクの商人は貴族でも下手に手を出せない。
何よりシュラートは俺を捕まえた気でいたから、あちこちで計画を再始動すると言ってしまった。
異世界物語では『貴族のパーティーの場は社交場であり、戦場である』…と書かれていた。
一つの成果で全てを手に入れ、一つの言葉で全てを失う、魔境だと。
そんな場で自分から参加者達に発言した以上、引き下がれなくなったのだろう。
そこで、シュラートは俺を手元に置くための手段を選ばないことにした。
ユミラとギスにお店まで警告させたり、俺に脅迫状を渡してきたり、商業ギルドにまで抗議書を送ったり…
「…勘弁してくださいよ。」
盛大にため息をつく事しか俺には出来なかった。
怒りというよりもう呆れしか出てこない。
「…せめてやるならもうちょっと頭使えよ。」
貴族にも色々あるのだろうけど計画は穴だらけ。
アレがダメなら、次はコレって…行き当たりばったりとしか言いようがない。
知らないうちに馬鹿の馬鹿な考えに巻き込まれて、面倒事の中心になっていたなんて…
「…どうしようかな、本当に。」