第六十七話 何かが起きているようでした
次回更新予定は近日です。
詳しくは言い切れませんし、約束も出来ませんが…頑張ります。
「…やっぱりそうなりましたか。」
商業ギルドの支部長室に通された俺を待っていたのは険しい顔をしたギルゼさんだった。
来客用のソファに座りながら俺が脅迫状の件を話すとギルゼさんの顔がより一層、曇っていった。
「実は我々にもシュラート様から手紙が届いたのですよ。」
ギルゼさんが机の引き出しから分厚い手紙を出すと、大きなため息をついた。
「もっとも、ハイキ様と違ってこちらは『抗議書』らしいですが…」
『抗議書』にはこんな内容が書かれていたそうだ。
『ハイキ商店で扱う品にはユーランの住人に危害を与える違法な物が複数存在しているとの情報を得た。実際に調査を行う為に派遣した【赤の牙】は卑怯な手で貶められ、投獄されている。彼らの冤罪を晴らし、住人の生活を守る為にも商業ギルドにはハイキ商店店主ハイキの商業ギルド除名を大至急要請する。またその危険物に関しては貴族としての責任によりこちらで管理運用する予定である。』
「…はあ?」
開いた口がふさがらないという言い回しを良く聞くけど、今の俺がその状態だ。
…なんだそれ。
色々ツッコミたいけど、最後はダメだろ。
『違法な物』や『危険物』って自分で言ってるのに『管理運用する』って…
「私も久しぶりに笑ってしまいそうでしたよ。」
そう言っているけど、ギルゼさんの眼は全く笑っていない。と言うか、怒っている?
「あの、ギルゼさん?俺は無実なんですけど…」
下手に刺激しないように恐る恐る弁明してみる。
普段、優しい人ほど怒ると怖いし。
「当たり前です!ハイキ様が被害者なのは、あの場で多くの商人が目撃していますし、商業ギルドはもちろん、冒険者ギルドや警備隊…他にも複数の組織が確認しています。」
「…複数の組織?」
ちょっと気になったけど、一端それは置いとくとしよう。
…ギルゼさん、今ので振り切れちゃったのか、顔が本当に怖くなっている。
「商業ギルドとしては『この抗議書は考慮するに値せず』の判断です。すぐに商業ギルドから正式な返答を送ります。ですが…」
ギルゼさんは一度、言葉を句切ると俺に頭を下げた。
「申し訳ございません、ハイキ様。シュラート様は間違いなく何かしらの動きをするでしょう…ハイキ様のお話を聞く限り、実力行使は充分あり得ます。」
「…ただの一般人にそこまでする価値なんてないと思いますけど。」
「シュラート様にとってハイキ様は特別なのです。多少強引な手を使ってでも、側に置いておきたいほどに。」
「……」
「とは言っても、シュラート様は他にも色々とやりすぎました。これ以上はさすがに見過ごせません。早急に対策をーーー。」
「ギルゼさん。」
こっちもさすがにこれ以上は無視出来なかった。
薄々あった違和感、これまでと違う言葉…
それらをまとめて、一言だけ尋ねる。
「…何が起きているんです?」
「……!」
ギルゼさんは自分の失言に気づいたようだ。
俺が知る限り、シュラートが俺を狙う理由は、一方的な逆恨みだったはずだ。
なのに、ギルゼさんは『特別』や『側に置いておきたい』と言っていた。
『特別』ならまだ分かるけど、『側に置いておきたい』は『恨みのある人物』に使うには明らかにおかしい言葉だ。
まだある。
『他にも色々とやりすぎた』…
俺がギルゼさんに伝えたのは『脅迫状』の事だけだ。
ギスとユミラがお店に来た事は何一つ話していない。
俺に忠告をしたランドさんがギルゼさんに話したとも思えない。
だとしたら、考えられるのは二つ。
ギルゼさんがギスとユミラの件を知っているか。
シュラートが俺以外の人にも何かをしているか。
…あの戦闘寸前の空気を『多少強引な手』と呼ぶには無理がある。
後者の方が納得出来るな。
それに…
「シュラートはいくらなんでもやりすぎな気がします。」
一ヶ月以上もユーランで暮らしていれば、貴族の事も多少は分かる。
責任ある要職に就き、その立場に見合う権力と財を持つ階級の人達。
…まあ、だからといってやりたい放題好き放題ってわけじゃないけど。
ただ…
「『Bランクの商人なら貴族も手を出しにくい』…最初にそう言ってましたよね。」
俺が初めてこの部屋で特例ランクアップの話を聞いた時、ギルゼさんは確かにそう言ってくれた。
だけど、実際はユミラとギスが脅しに来たり、脅迫状まで届いている。
「…それは…」
言いよどんでいるギルゼさんだけど、俺は文句を言うつもりはない。
「誤解しないでください。ギルゼさんとオルゼさんがウソを言っていたとは思っていません。」
「……」
本心だ。
実はランクアップを受けた後、万が一を考えて『小鳥の宿』の女将さんやユーラさんにBランクなら本当に貴族から干渉されないか確認していた。
二人はギルゼさん達と同じ事を言っていたし、あのユーラさんがそんなウソをつくはずがない。
シュラートも貴族なら『Bランクの商人には手を出してはいけない』事は承知しているだろうし、抗議書を出してもほとんど意味がないどころか、立場が悪くなるのは分かっているだろう。
「…そのリスクを侵してでも動く価値があった?」
…いや、本当にそうなのか?
…何か引っかかる。
脅迫状と抗議書の内容には気になる言葉もあった。
俺には『十日以内』、商業ギルドには『大至急』。
「…Bランクの商人を手に入れる為に、手段を選ばないほど…選べないほど焦っている?」
「!」
思っていた事を口にしたけど、ギルゼさんの顔を見る限り当たりだったらしい。
…とは言っても、さすがに推論出来るのはここまでだ。
後は答えを知っている人に教えてもらおう。
「もう一度聞きます。何が起きているんですか?」
俺は再度同じ事をギルゼさんに尋ねた。
「……」
ギルゼさんは口を開かないけど、両手は強く握りしめられたままだ。
…この人は、自分に都合が悪いから黙っているんじゃなくて俺の為に黙っている。
その気持ちは嬉しいけど、このままじゃダメだ。
「抗議書には『大至急』と書いていたんですよね。だったら、ここを出た瞬間に俺は襲われてもおかしくない。でも、ギルゼさんが知っている何かが分かれば対処法が見つかるかもしれません。」
「……………」
根拠はない。
出来る自信も俺にはない。
でも、俺の言葉で迷っていたギルゼさんの覚悟は決まったようだ。
不安を押しのけた強い眼で俺を見る。
「分かりました…ハイキ様にはお話しておきましょう。貴方が狙われている理由。そして、シュラート様の本当の目的を。」