第六十五話 理由はとても単純でした
明日9月22日はこの作品が公開されてから一周年となります!
不定期更新の作品が、一年でここまで評価されるとは一年前はまるで思っていませんでした。
これも皆様のおかげです。
ありがとうございます!
今月の更新はこれが一回目ですが、どうかこれからもよろしくお願いします。
…更新が空いた理由?
…ごめんなさい、ゲームしてました。具体的には月○やってました。面白かったです、○姫。
「………」
突然の問いに俺は答える事が出来なかった。
『何故ユミラ達の話を受けなかったのか?』
そんな質問をどうして、ランドさんからされる?
「…いや、俺の聞き方が悪かったですね。」
ランドさんは軽く頭を下げると、またまっすぐ俺を見た。
「失礼ですが…ハイキの兄さんの目的は『静かに暮らす事』と聞いています。昨日の二人…ユミラとギスの話だと、店を手放す代わりにそれ相応の金を払うと。『何もしなくても静かに暮らせる』チャンスがあったのにどうしてその話を呑まなかったんですか?」
ランドさんは怒ってはいない。
ただ、何かを確かめるような真剣なまなざしだった。
多分、これは何か裏があるとかじゃない。
ランドさんが本当に知りたい事…大切な事なんだ。
改めて考える。
『静かに暮らしたい』は俺の目標だ。
元々、俺が商業ギルドで登録した理由は身の安全の為だし、自分でお店を開かなくても【窓盾】を冒険者ギルドで専売する契約は結んでいるから、最低限の納品さえすれば何もしなくても生活するのに困らない分のお金は手に入る。
それに所持金は最初よりは減っているけど、今でも充分お金持ちに入るぐらいの額はあるし、このままでも当分は問題ない。
今のままでも『何もしなくても静かに暮らしていける』…
それは間違っていない。
…でも、
「ランドさん、俺は『何もしないで静かに暮らしたい』んじゃなくて『静かに暮らしたい』んですよ。」
「…それに何か違いがあるんですか?」
「ええ、とても大きな。」
結局、そこだ。
『何もしないで静かに暮らしたい』と『静かに暮らしたい』は大きく話が変わってくる。
『何もしないで』毎日をダラダラと過ごすのも悪くないと思うけど、そんな生活は長くは続かないだろう。
そう遠くない内に飽きる。
現代日本ならマンガやアニメ、それにゲームで暇をつぶせるけど、この異世界に引きこもりをするほどの娯楽はない。
と言うか、現代日本で実際経験したけど無理だった。
試しに特撮戦隊をぶっ続けで視た後、やっぱり刺激が欲しくて外に出てたし。
変わらない日常が望むものだけど、変わりすぎない生活は逆に嫌になる。
我ながらとんでもないわがままだ。
よくこんな事が言えるな。
まあ、それはそれとして…
他にも理由はある。
「このお店は、色んな人との出会いや協力で造る事が出来たんです。俺一人じゃ出来なかったし、誰かがいなくても出来なかった。そう思ったら、売れる訳ないじゃないですか。」
視線を天井…その上にあるお店に向ける。
まだ過ごして数ヶ月だけど、色んな出会いがあった。その出会いが俺をこの場所に連れてきてくれたし、このお店を造るきっかけもくれた。
シュラートって貴族が払うお金がいくらかは知らないけど、ここを売るって事はその出会いや人の縁…今までの全部をなかった事にするって意味だ。
…そんな事、俺には出来なかった。
「ランドさん、ごめんなさい。なんかその…うまく言えなくて。」
少し恥ずかしくなって、俺はもう一度ランドさんを視ると…
「ハイキの兄さん、不躾なご質問にお答えいただき感謝いたします。お詫びと言ってはなんですが、ご無礼を働いたケジメをーーー」
「ダメええええええええええええ!?」
叫びながら俺は反射的に飛びかかっていた。
新築のお店…それも俺が寝泊まりする生活スペースの床でケジメを着けようとしていたランドさんから奇跡的な速度でドスを奪いとって、釘を刺す…もちろん言葉で。
「いいですか!?ケジメを着けるなら自分を傷つける以外でお願いします!指をもらっても俺は嬉しくもないし、むしろ申し訳なさしかありません!」
「え!?」
ランドさんが心底驚いた顔をしている。
なんでそうなる…
「東の彼方にある国では相手に心からの詫びを入れる際は、誠意として自分の小指をドスで切って渡すと…」
「それ絶対国の流儀じゃないですよね!?一部の少数団体の流儀じゃないですかね!?」
一般人がそんな事するか!
そういうのはライクアドラゴン的な人達の流儀…のはずだよね。
多分…きっと!
「…とにかく今後は絶対に止めてください。お詫びはこちらで考えますから。」
「…ハイキの兄さんがそうおっしゃるなら。」
ランドさんは落ち込んではいるけど、どうにか納得してくれたようだ。
…なんか一気に疲れた。
椅子に座り直して、息をつく。
…まあ、でも。
こんな風に必死で誰かを止めようとした事も、(方向性は別として)誰かが何かしてくれた事も現代日本じゃなかった。
「…本当に。」
俺は運が良い。
こんな人達と出会えたんだから。
…そう言えば、
「ユーラさん、結局来なかったな。」
警備隊の隊長だし、急用でも出来たのかもしれない。
こっちから顔を出してみようかな。
********
同時刻
とある小さな喫茶店
「いよいよ、その時が近づいてきました。」
暖かいコーヒーを味わいながら、男は目の前に座る人物に語りかける。
「もう流れは止められません。よく分かったんじゃないですか?」
「……」
無言のまま…だけど、わずかに頷いたその人物の反応に男は…シャマトはにこやかな笑みを浮かべる。
「貴方がいれば心強い。お互い、賢く生きましょう。」
持っていたコーヒーカップを乾杯のように掲げ、シャマトはその一言を告げる。
「ねえ、ユーラさん?」
対面していた人物…ユーラは数日前に喫茶店を訪れた時とまるで様子が違った。
手錠をかけてシャマトを連行した覇気は消え、剥き出しだった敵意は陰もなく、最低限の警戒すら出来ていない
何より…その眼は感情を失ったように虚ろだった。
「…分かっている。」
ユーラの抑揚のない声は彼を知っている人間からすれば明らかに異常だった。
ユーラをそれなりに知るシャマトはその返答を聞くと、
「ぜひとも!よろしくお願いしますね!」
不自然なほどのとびきりの笑顔で答えた。
…その時は確実に近づいている。