第六十四話 説明はモーニングの後に…してもらいました
「ハイキの兄さんがされたのは、魔法による【精神干渉】の一種でしょう。」
「【精神干渉】…なんか怖い名前ですね。」
テーブルを挟んだ状態で会話をしながら俺は改めて起きてからの事を思い出していた。
女神様との再会を終えて、目が覚めた俺はお店の生活スペースのベッドに寝ていた。どうやら俺が気を失っている間にランドさんが運んでくれたそうで、夜通しで看病もしてくれていたらしい。
身体や気持ちに異常がないか念入りに確認されて、問題ないと判断してもらったところで俺からランドさんを朝食に誘ってみた。
自分に何が起きていたか知りたかったし、お店の生活スペースなら大丈夫だろうと思って、久しぶりにアレを用意してみた。
「実際…使われると、相当面倒な、魔法ですから。」
ランドさんは途切れ途切れに答えながら目線は俺とテーブルの料理を行ったり来たりしている。
説明が終わるまでは料理に手を着けるのは失礼と思っているのかもしれない。テーブルに用意しているフォーク、スプーン、ナイフ、箸にも触ってすらいない。
「あの、ランドさん?説明は後からでもいいですからね?」
俺はそう言いながら、テーブルに広げた朝食に眼をやった。
朝食はお茶碗に盛られたほかほかの白米、食欲をそそる匂いが香る鯖の味噌煮、そして暖かな湯気が上る豆腐とわかめの味噌汁だ。
三品だけでも、日本人の俺にとってはとてもそそられるメニューだ。
何より、日本食なんて何週間ぶりだろう。
「…申し訳ありませんハイキの兄さん。では、お言葉に甘えまして…いただきます。」
ランドさんは両手を合わせると、割り箸を綺麗に割って、料理を口に運んでいく。
「いただきます。」
俺も習って、久しぶりの日本食に箸を伸ばす。
柔らかい鯖の味噌煮は箸で簡単にほぐれる。味噌をたっぷりとつけて食べるとその濃い味に自然とお茶碗を手が掴んでいた。
「うん!」
ガツガツとお米をかきこんで、今度は味噌汁だ。
ちょっと熱いけど、豆腐とわかめ、それとこの塩気!
同じ味噌を使った料理でもこうも味が変わるのは不思議だ。
現代日本にいた時はたまにお店の朝定食を食べていたけど、すごく懐かしい気分だ。
「…ほ。」
安心の息が漏れるけど、その理由は料理だけじゃない。
綺麗な白いお茶碗に、平べったい長方形の灰色の皿、汁物を入れる器、割り箸に箸置き…
和食に合わせた食器を今回は選ばせてもらった。
マンガで『食器は料理を彩る究極の調味料だ』って台詞があったけど、その意味がやっと分かった。
『レンジでチンするお米(賞味期限間近)』と『鯖の味噌煮缶詰(缶歪み中身に異常なし)』、それに『インスタント味噌汁(包装破れ)』…現代日本では適正価格で売れない物が、食器に飾られる事で旅館の朝食レベルにまで跳ね上がった!気がする。
食器は例によって例の如く、【廃棄工場】と【破壊と再生】のコンボで用意した物だ。
たったこれだけでここまで味わいが変わるとは思ってもみなかった。
ちなみに『レンジでチンするお米』と『鯖の味噌煮缶詰』はお湯で温めている。
今回使った缶詰は歪んでいたから心配だったけど、割れる事も爆発する事もなく、無事に温めは成功した。
「……」
ランドさんはずっと無言だけど、料理は気に入ってくれたようだ。
箸が止まる気配がまるでない。
あっという間に俺とランドさんの皿から料理はなくなっていた。
ふう、と一息つきたかったけど、お腹も膨れた事だし、話の続きをお願いする事にした。
「昨夜受けたのは【精神干渉】の一つ。恐らく【恐慌】です。対象の恐れを増幅させる事で判断能力を奪い、混乱を起こすものです。」
ゲームの【状態異常】みたいだ。
ただ、画面越しに操作しているキャラが受けているものを自分が受けるとは思ってもみなかったけど。
出来れば二度と受けたくない。
あんな感覚は嫌だ。
「【精神干渉】を受けた場合、解除する方法は主に二つあります。【解除魔法】や解除の【魔道具】を使う事。もう一つは荒っぽいですが、魔力の衝撃を与えて乱された魔力の流れを戻す事です。」
ランドさんが俺にしたのは後者の方だった。
痛みはあったけど、【魔道具】や【解除魔法】に比べると即効性が高く、ほとんどの【精神干渉】に対応出来る方法だ。
とは言っても、このやり方は簡単にできるものではなく、適切な量の魔力で魔力の揺れ?のタイミングを狙わないといくらやっても意味がない方法で、使える人は少ないみたいだ。
こんな事が起きるとは思わなかったので、お店にも解除の【魔道具】はなかったし、たまたまランドさんがそのやり方を使えるから良かったけど、あのままでは本当に危険だったらしい。
「…あんな事をされるとは思いもしませんでした。」
俺はそうため息をついた。
終わったと思って気が緩んだって事もあるけど、【精神干渉】なんて攻撃を受けるなんて…
ランドさんがいなかったらどうなっていたか。
まあ、そのおかげで女神様とまた会えたんだけど…
「…ですが、おかしな事もあります。」
ランドさんは難しい顔で言葉を選ぶように話し始めた。
「【恐慌】にかかわらず、【精神干渉】系の魔法の効力は発動時間に比例します。ハイキの兄さんが受けたあの一瞬なら、十秒も効力は続かないはずです。」
だけど、実際俺はギスがいなくなってからも数分間【恐慌状態】に陥っていた。それにランドさんが荒っぽい手段で解除せざるを得ない程に効果は凄まじかった。
その事がランドさんは不思議だったようだ。
「…ハイキの兄さんの精神耐性が極端に低いか、あらかじめハイキの兄さんに仕込みを入れるか…もしくは効果を増幅する魔道具でも使わない限り、あんな短い時間であそこまでの状態にはならないはずです。」
当然、俺に何かをされた記憶はないし、あの二人に会ったのも今回が初めてだ。耐性については女神様お墨付きだし、ランドさんも魔道具が使われたようには視えなかったみたいだ。
「…仕返しのつもりでしょうが、度を過ぎています。あのギスと言う男なら、この件がどう自分に返ってくるかは簡単に想像出来るはずですが…」
「……」
俺はランドさんの話を聞きながら、別の事を考えていた。
【第一領域】を解放した俺は【神眼】の最適な動きを再現出来るほど身体能力が上がっている。それに【状態異常】や【呪い】にすら強い耐性を持っている。
それなのに、俺は【恐慌状態】になった。
どうしてだ?
女神様は耐性が弱くなる理由に『使い続ければ』と言っていたけど…
…もしかして。
「あのランドさーー。」
「それはそうとハイキの兄さんにお尋ねしたい事があります。」
俺の言葉を遮って、ランドさんは何かを見定めるような眼で俺を見据えた。
「アンタ、なんであの二人の話を呑まなかったんですか?」




