第六十一話 おかしな状況になっていました
「あの、冗談は止めてもらえませんか?」
『店とその権利を買う』
そんなふざけた事を言われて俺は呆れるしかなかった。
「いくら出すか知りませんが、売るつもりは一切ありません。」
きっぱりと断って、戦う意志があると示さないとこの手の人達は何度でもやってくる。
それに…こんな脅しは今日が初めてじゃない。
露店通りにいた時は何の力もなかったけど、今の俺にはしっかりとした後ろ盾もある。
「このお店は商業ギルド、冒険者ギルド、それぞれの支部長から全ての権利を俺が持つと認めてもらっています。シュラート様がどなたかご存じありませんが、その話はそもそも通りません。」
俺は強気な態度のまま、そう言いきった。
ウソは何一つない。
Bランクに特例ランクアップする時に、俺は自分の店の権利は自分で持つと条件を出している。それをジャマするなら誰であろうと追い出すし、その許可ももらっている。
ただいくらそんな公的な力があっても、下手におどおどすればちゃんとした力は発揮しない。
だから、今は毅然とした態度でいないといけないのだ。
「分かったらお帰りいただけますか?まだオープン前のお店なので。」
それに…どう言っても断った時点で、待ってる結果は同じだろうし。
「てめえ、なめてんのかあ!?」
ほら、予想通り。
ユミラさんはさっきまでのニヤニヤ笑いから一転して怒りで顔を歪ませたし、ギスさんも顔が少し怖くなった。
ああ、この二人にさん付けはいいや。
…なんか妙にイライラしてきたし。
「シュラート様は近いうちにこの周囲を取り仕切る大貴族様だ!お前のようなど素人が商売に失敗する前にわざわざ金払って助けてやろうってお考えなんだよ!」
「そうだよお。商店街も全部シュラート様のものになるし、シュラート様の依頼を断った【アームズ工房】もねえ。【赤の牙】が捕まってちょっと大変だけど…」
「馬鹿ギス、余計な事言うな!」
ペシッとユミラがギスの頭を叩く。
二人の関係性はどうやらユミラが兄貴分、ギスが弟分らしい。
今の会話から想像すると…
シュラートって人はどうやらそれなりの貴族。
いずれ商店街を含むこの辺りを手に入れるだろう。
以前、【アームズ工房】に依頼を出して、断られていた。
俺にちょっかいをかけた【赤の牙】と関わりのある貴族…【赤の牙】の支援者か?
…って事はまとめると。
「今は特に大きな力を持っていないそこそこの貴族で、【アームズ工房】に依頼を断られたのが悔しくて、【赤の牙】が捕まった腹いせにこのお店を奪おうとしている、面倒な人って事ですか?」
つい、そう言ってしまった。
馬鹿か、俺は…
なんでわざわざ言葉にした。
「…おい、ギス。この世間知らず、痛い目に遭わせるぞ。」
ユミラの言葉に、ギスは面倒な顔をする。
「え~…今日は話だけって言ってたじゃん。それに言っている事もだいたい当たっているしい。」
ユミラはギロッとギスを睨んで黙らせると、準備運動のように両腕を回し始めた。
「こういう仕事はな、メンツが大事なんだよ。分かるだろ?このまま帰ったら、シュラート様に会わせる顔がねえ。」
…メンツか。
確かに「雇い主を馬鹿にされて、のこのこ帰りました」なんて知られたら、もうこの街で今みたいな脅しは出来なくなるし、何よりシュラートって人に何をされるか分かったもんじゃない。
何もしないで帰る訳にはいかないのか。
「安心しなよ、殺しはしねえから。」
てっきりユミラはナイフとか刃物を出してくるかと思ったら、意外にも素手だった。
「…ううん、なら仕方ないかあ。」
ギスは諦めたようにため息をつくと一歩下がった。
ギスは何もしないでユミラを見守るようだ。
これならなんとかなる。
俺には女神様からもらった【神眼】と聖水を飲み続けて覚醒した【第一領域】がある。
四人組の冒険者でも倒せる実力が今の俺にはあるんだ。
目の前のチンピラに負けるとは思えない。
…何かおかしい。
…いつもと違って、今の自分はやけに戦いに積極的な気がする。
パーティーの余韻を台無しにされたからか?
「……」
とりあえず、【神眼】を発動する。
これでユミラの動きは完全に見切れる。
あとは攻撃を躱し続けて、息を切らしたタイミングを狙えばいい…
…見せしめに腕の一本ぐらい折るか。
そう俺が考えた時だった。
ユミラは俺の眼を視て、ハッキリと言った。
「…なんか、嫌な感じがするな。お前のその眼。」
「!」
そのままユミラはギスに振り返ると、
「ギス、手伝ってくれ。多分、『動きの先読み』か『数秒限定の未来視』だ。一人じゃ難しい。」
「!?」
まだ何もしていないのに俺の【神眼】の能力を正確に言い当てていた。
「…そうだねえ。『先読み』と『未来視』なら攻略は簡単だよお。」
ギスはユミラの隣に並ぶと、両手をズボンのポケットに突っ込んで、ニコッと笑った。
「『視えてもどうにも出来ない程の数で攻撃すればいい』んだよお。」
二人の雰囲気が変わって、ゾクッとした寒気が走る。
ただのチンピラじゃなかったのか!?
ほんの一分前まで余裕で倒せると思っていたのに、今は全く隙が視えない。
いや、そもそも…
…どうして俺は簡単に勝てると思っていた?
【赤の牙】や襲ってきた冒険者達を倒していた事でいつの間にか調子に乗っていたのか?
パーティーで浮かれていたにしてもこれは…
「…っ。」
頭が驚くほど、冷静になっていく。
『骨を折ればいい』とか、俺はなんて事を考えていたんだ!?
ただの小競り合いでそんな事、やっていいはずがない!
なのに!
冷静になればなるほどさっきまでの自分の言動を後悔していく。
そして…そんな自分の異常に気づいた時にはもう遅かった。
膠着している場は何かをきっかけに荒れるだろう。
その機を待つ二人を前に、色々な思いが自分の中を駆け巡っていく。
ケンカなんてしたくない。
静かに暮らしたい。
逃げられるなら逃げたい。
…でも、
「ここで逃げちゃダメだな。」
覚悟を決める。
反省も後悔も終わった後でじっくりやればいい。
巻き戻しもやり直しも出来ないなら、何が出来るかを考える。
【破壊と再生】は使えない。
生物にも使えるらしいけど、一度も使った事がないし、いきなり人でやるのは危険過ぎる。
下手をしたら骨どころか、本当に殺してしまうかもしれない…
【神眼】で攻撃を見切って、【射出】を使えばさすがに反応は出来ないはずだ。
…問題はそれで引いてくれるかどうか。
そんな風に策を練る俺とは関係なく、幕が上がろうとする。
「やるぞ、ギス!」
「おお!いくよユミラ!」
「っ!」
準備なんて全然足りないまま、戦いが始まる。
その瞬間、
「そこまでにしてもらいましょうか。」
ユミラとギスの背後…ドアから、その声が聞こえた。
「ハイキの兄さん…どうか、ここは自分に任せてもらえないでしょうか。」
一触即発の場を黙らせたのはたった一人の人だった。
武器を持っている訳でも、鬼の形相をしている訳でもない。
ただ眼も離せない程の存在感と、威圧を持って、ランドさんがそこにいた。