第六十話 片付けをしました
「では、ハイキの兄さん。今日は大変お世話になりました。」
夜も遅い時間、最後までお店に残ってくれたランドさんがドアを開けて、出て行った。
「終わっちゃったな~。」
俺は誰もいなくなったお店でそうつぶやいた。
夕方から始まったパーティーはあっという間に夜になって、お開きになった。
小さなパーティーのつもりだったけど、なんだかんだで予想以上に盛り上がった。
フーさんの料理はおいしかったし、【アームズ工房】の人達は最初こそギルゼさん達に緊張していたけど、最後はのんびりしているサイラさんとも仲良く雑談していたし、ギルゼさんとオルゼさんも上機嫌なまま、パーティーを楽しんでくれていた。
アシトさんはイールさんと顔見知りだったようで、たまに肩を叩き合いながら、お酒を酌み交わしていた。
グレットさんもアシトさんの持ってきたお酒をたくさん呑んで大笑いしていたけど、夜も更けてくると【アームズ工房】の人達と一緒に帰って行った。
片付けを手伝おうとする人達も多かったけど、俺以外は明日も仕事があるし、手伝いは断らせてもらった。
フーさんは最後まで片付けを手伝うと言ってくれたけど、女の子を遅い時間に残すのも悪いし、一人で帰すのもさすがに危険だったので、アシトさんに小鳥の宿まで送ってもらう事にした。
「…ハイキ。俺は今日ほどお前が心配になった事はないぞ。」
アシトさんがため息をついたけど、俺は気にしなかった。
…フーさんがすっごく怖い顔しているけど気のせいだと思う事にした。
で、ものすっごく不機嫌な顔のフーさんをアシトさんに押しつける形になったけど、二人が歩いて行った姿を店先で見送った後、お店に戻った俺を待っていたのは
「ハイキの兄さん。どうか自分にもお手伝いさせていただけないでしょうか?」
腕まくりをしてやる気十分のランドさんだった。
どうやら、ランドさんはパーティーの途中で【アームズ工房】の人達から、片付けを手伝うように頼まれたらしい。
「兄さん、姉さんは造るのは得意ですが、掃除に関しては少々…自分は明日お休みをいただきましたので、遠慮はいりません。全力でやらせていただきます。」
そこまで言われて断る訳にもいかなかったので、俺はランドさんと二人で片付けを始めた。
掃除道具はお店の事務所に用意していたので、ランドさんに説明をする。
「箒はこれで、ちりとりはこっちです。それと雑巾はここに置いている物は好きなだけ使ってください。」
この掃除道具は全部【廃棄工場】から出した物だ。
ホームセンターとかで売られている家庭用のお掃除道具。
箒とちりとりは(壊れ)であちこちが割れていたし、雑巾も(破れ)だったけど、【廃棄工場】に数はたくさんあった。
そこで【破壊と再生】を使って、それぞれを完全な状態に戻した。
…久しぶりに【破壊と再生】も使ったけど、この【スキル】やっぱりすごい。
【廃棄工場】にはどういう基準か未だに分からないけど、現代日本の廃棄された物…つまり、壊れた物や使えない物を自由に取り出せる。
一方、【破壊と再生】は対象を壊す事でその材質を利用した別の物へ作り直せる。
だから、『壊れた物』も欠損を補える分の量を用意すれば『壊れていない物』に作り直す事も出来る。
組み合わせがチートすぎる…
まあ、最近はシャマトさんの件もあったから【廃棄工場】も大っぴらに使えなかったし、【破壊と再生】は誰もいないタイミングでお店の生活スペースでこっそりとやってたんだけど…
で、俺の用意した掃除道具を視たランドさんはと言うと、
「こ、これは…こんなに軽くて上等なお掃除道具があるとは…!」
箒をまるで名刀のように両手で持ち上げて感動していた。
確かに掃除道具は竹箒やぼろきれが一般的なこの世界で、軽くて細かい所まで毛先が届くお手軽箒や厚みのあるしっかりした雑巾は全然別物だからな。
「…ハイキの兄さん。この掃除道具、いくらならお売りいただけますか?これは是非とも取引したい。」
…掃除道具を闇取引で使う用語で言わないでほしい。
あと、正しい意味での「取引」なんだろうけど、どうしても物騒な意味で聞こえてしまう。
「それなら試供品という事でしたら、後日お渡ししますよ。お金はいらないので使った感想を聞かせてください。」
だから、胸元から出したそのジャラジャラお金が入っている袋はしまってください。
無言で差し出されても受け取りませんから!
そして、意外と言うか、予想通りと言うか、ランドさんは掃除が上手だった。
俺が箒で部屋の隅っこを掃いていると、
「この軽さ!この安定感!スピードが命の掃除でここまでとは!」
もの凄い速さで部屋の掃き掃除、拭き掃除、なんなら今日誰も触っていないはずの天井の照明部分まで掃除をしてくれた。
それにとても早いのに、とにかく丁寧でむしろ俺がジャマしているんじゃないかと思うぐらいだった。
「昔は一人で色々としていましたから…数少ない取り柄の一つです。」
いつもと同じ言葉遣いなのに、その時だけランドさんの顔は少し寂しそうに視えた。
そんなこんなで片付けは思った以上に早く終わって、ランドさんは後日、掃除道具一式を貸し出すと約束した後、帰って行った。
「……」
お店にはもう俺しかいない。
パーティーが楽しかったからか、どうしてもしんみりとしてしまう。
「あ、そうだ。」
俺はスマートフォンを出して時間を見た。
画面に表示されたのは日付が変わる一時間前の時間。
…この時間から小鳥の宿まで帰るのは少し面倒だ。
少し距離があるって言うのもだけど、シャマトさんが待ち構えているんじゃないかという心配もある。
さすがに今日は会いたくない…
お店の工事の時に会った後から全く姿を見ないけど、油断は出来ないし。
「…よし。」
お店はオープンしていないと言っても、防犯用の魔道具は設置済みだし、効力も確認済みだ。
今から一人で帰るよりお店にいた方が安全のはず。
今日はお店の地下…生活スペースで眠ろうかなと考えて伸びをする。
「……」
それに気になる事があった。
ユーラさんだ。
ギルゼさんからはパーティーには参加出来ないけど、見回りのついでに挨拶に来ると伝言を聞いていた。
でも、実際はユーラさんは来ていないし、今の時間になっても連絡一つない。
あのユーラさんにそんな事があるのか?
お店に寝泊まりするのは万が一、ユーラさんが来た時に出迎えたいという気持ちもあったからだ。
もし、来たらお茶の一杯でもごちそうしよう。
そうぼんやり考えていた時だった。
ガチャ。
お店のドアがゆっくり開いた。
ユーラさんかと思って、ドアを視ると
「ジャマするぜ~。」
見慣れない顔…と言うか、初対面?
知らない男の人が二人、ズカズカとお店に入ってきた。
「…あの、どちら様ですか?」
俺はそう尋ねながら、一歩距離を取った。
服装も含めてどう見ても警備隊には視えない。
それにパーティーに参加した【アームズ工房】の職人さん達の中にはいなかった顔だ。
ニヤニヤと笑う二人は一般人と言うより、モルス達に近い…裏側の人間に視える。
「どちら様?そうだそうだ、自己紹介が必要だった!」
細めの目つきの鋭い男の人がそう言っている間、もう一人の方…丸太みたいに太っていて髭がボサボサの男の人は値踏みするようにお店の中を見回していた。
「俺はユミラ、こっちがギス。シュラート様からの依頼で来た。」
…シュラート?
また知らない名前だ。
元々、人の名前と顔を覚えるのは苦手だけど、そんなジェラートみたいな名前なら一度聞いたら忘れないと思うけど。
ユミラさんは満面の笑みで
「この店と権利はシュラート様が買う。これは決定事項だ。」
…そう、有り得ない事を言いきった。