第五十七話 不穏な空気を感じました
お久しぶりです!
更新が遅くなって申し訳ありません!
五月に頑張りすぎたので、六月の更新はじっくりやります。
そして!七月からは怒濤の展開になる予定ですのでお楽しみください!
皆様へ感謝を
2021.06.16 クモト
「…どうやら、相当濃い顔合わせだったようですね。」
黙ったままの俺の表情を見て何かを察してくれたのか、シャマトさんが労うような言葉をかけてくれた。
「まあ、色々と…」
俺はそう濁しながら、もう一度作業現場に眼を向けた。
【アームズ工房】の職人さんが働く中にランドさんの姿もあった。
「ランド、五センチ釘を十本だ!」
「持ってきました、兄さん!」
「ランドちゃん、ここ持ってて!」
「ヘイ、姉さん!」
「ランドオオオ!さっきから動きすぎだ水分補給しやがれ!」
「ありがとうございます!」
ランドさんは工具を使って作業をしていると言うより雑用をこなしているみたいだった。
道具を職人さんに渡したり、職人さんに近づきすぎている人をやんわり注意して離れてもらったり、全員のサポートに徹している。
「ああ、ランドさんですか。」
シャマトさんもランドさんを知っているようだ。
「修行中とは聞いていましたが…やっぱり大変そうですね。」
ランドさんは色んな職人さん達からひっきりなしに声をかけられている。
そんなランドさんの顔はどこか楽しそうだ。
「ランドさんはクセのあるしゃべり方や行動に眼が向かいますが、仕事はとても丁寧です。修行中の雑務なんかは続くと嫌になる人も多いのですが、ランドさんは【アームズ工房】に入られてからの三年間、文句を言っている所は視た事がありません。」
「…三年も。」
驚く俺にシャマトさんは首を振った。
「いえ、たった三年と言うべきでしょう。【アームズ工房】の門を叩いた時はすでに二十五歳。門前払いされても仕方ない年齢です。」
「……」
確かに…
専門の技術を学ぶのは若い内からと言われているし、シャマトさんの言葉だと十代から修業するのが当たり前なんだろう。
二十歳後半から弟子入りしている事自体が特殊なのか。
三年は長いと思ったけど、現代日本でも聞いた言葉がある。
『串打ち三年、裂き八年、焼き一生』だっけ。
うなぎ屋さんの言葉だったと思うけど。
とにかく、そんなに長い時間をかけてやっと一人前になる世界もあるんだから、三年は周りからすれば大した年数じゃないんだろうな。
「……」
え?
弟子入りした時、二十五歳?
身体の大きさと迫力もあって、てっきり三十歳ぐらいだと思っていたんだけど。
俺がそんな事を考えていると、
「…ハイキ様は危ういですね」
シャマトさんのその言葉の意味を俺は理解出来なかった。
「俺が?」
シャマトさんは神妙な顔で首を縦に振ると、周りを見回した。
「ハイキ様はもっと注意をしたほうがいいでしょう。」
言われて俺もシャマトさんから視線を外す。
今いる場所は改装現場から離れているから、人は誰もいない。
工事や人の喧騒が聞こえるけど、そこまで大きなものでもない。
…もし、ここで何かあってもすぐには気づかれない。
「知っていれば回避出来る事も、知らない事には避けようがない。」
シャマトさんは右手で服に付けている金ぴかのアクセサリーの一つ…金の十字架を強く掴んだ。
その動きで俺の警戒が一段上がる。
「…だから、ハイキ様は気づかないのです。」
スッと、一歩。
シャマトさんが俺との距離を詰めた瞬間、
「!」
シャマトさんの動きが止まった。
時間にしてほんの数秒。
何が起きているのか俺は全く分からなかった。
「…残念です。」
シャマトさんはそう言って、十字架から手を離した。
「…失礼しましたハイキ様。お見せしたい物があったのですが、うっかり忘れてきたようです。」
そのままシャマトさんはなんでもなかったかのように振る舞うと、頭を下げた。
「申し訳ありませんハイキ様。野暮用を思い出したので、今回はこれで失礼します。次にお会いした時はどうかご期待ください。」
俺が声をかけるよりも先に足早に去って行くシャマトさんはすぐに人混みにまぎれて消えてしまった。
「……」
何が起きていたのか。
何をしようとしていたのか。
シャマトさんにそう聞きたかったけど、追いかける事は不可能だった。
ただ、無理矢理話を終わらせたような後味の悪さだけが俺に残っていた。
**********
ハイキと別れたシャマトは改装工事をしている場所から十分ほど歩いた先にある小さな喫茶店にの前にいた。
店の立地もあってか客はまばらにしか来ないが、ここはシャマトのお気に入りでもある。
腕の良い主人の作る料理、香り高いコーヒー、気の利く店員、静かな空気、何よりもこの店は色々な事に都合が良い。
「いらっしゃいませ。」
店のドアを開けると、給仕の若い女の子が声をかけてくる。
シャマトは軽く手を振り、定位置となったテーブル席に座ると、注文を聞きに来た店員にコーヒーとちょっとした注文をした。
「どうかよろしく。」
チップとして金貨を一枚握らせると、店員はすぐに笑顔で店の奥に向かっていった。
三分後
ガチャリ
と扉が開くと、苦い顔をした人物が入ってきた。
「お待ちしてましたよ、ユーラ隊長。」
一方、にこやかな表情を浮かべるシャマトは自分の真向かいの椅子に手を向け、座るように促す。
警備隊の制服を着たユーラは言われるがまま席に着くと、
「やっぱり、只者ではないようですね。」
警戒を隠そうともしない声でそう言った。
「何をおっしゃってるのやら。私はただのどこにでもいる一般人ですよ。」
「…ただの一般人が、私の尾行に気づくとは思いませんが。それも、わざわざ店員に裏口から出てもらって、『お連れの方がお待ちです』なんて伝言を頼むとは。」
シャマトは涼しい顔のまま、運ばれてきた暖かいコーヒーで口を潤す。対してユーラはシャマトのわずかな動きも見逃さないように最大限の注意を払っているが、このままでは埒が明かないと考えたのか、少々手を変える事にした。
「分かっていると思いますが…ハイキ様にも何かするのなら許しませんよ。」
その言葉と同時にシャマトが感じたのはとてつもない重圧だった。
ほんの数秒前までの人物と同じとは思えない程の強者特有の威圧。
中位の冒険者でも怯んでしまうであろうこの圧を前にして、シャマトは
「…そんな怖い顔しないでくださいよ。他の方にも迷惑かかりますよ。」
なおもマイペースなままだった。
ユーラの言葉の意味…『イールにした事はすでに知っている』と告げられているにも関わらず。
「ご心配なら工事現場のように見張っていればよろしいのでは?もっとも、また殺気を出されるのはご勘弁願いたいですがね。」
その一言が決定的な引き金になったのだろう。
ユーラは立ち上がると、コーヒーカップを持ったシャマトの手を掴み、
ガシャン
シャマトの手に手錠をかけた。
「おや。」
予想外と言う顔をしたシャマトだが、ユーラは立ち上がると、もう片方の手も手錠で拘束する。
「お話を伺わせてもらいます。ご同行いただけますね。」
有無を言わせない程のユーラの口調と両手に着けられた手錠を視て観念したのか、シャマトは素直に席を立った。
「仕方ありませんね。どうせなら、近くに出来る新しい警備隊の詰所に連れて行ってもらませんか?ここから他の詰所は遠すぎます。」
手錠を見せつけるように腕を動かすシャマトに、ユーラは一瞬考えたが、
「…いいでしょう。ただし、妙な事はしないでください。」
ユーラはシャマトの分も含めた支払いを済ませると、手錠をかけられた同行人と共に店を出て行った。
店の主人はそれを眺めながらも、興味のないようにグラスを拭き始め、店員の女の子も気にする事無く、他のテーブルを整理している。
常連である客が手錠をかけられていたのに…
まるで何もなかったように。
もし、自分が明日も何食わぬ顔で店にやってきても二人の態度は変わらないだろう。
「…だから、私はこの店が好きなんですよ。」
シャマトの小さなつぶやきと笑みは誰にも聞こえず、消えていった。