第五十六話 本物でした
「…で、結局全員で騙していたって事ですか。」
俺の言葉にまだ正座しているランドさんが頷いた。
「その通りです。親方とギルゼのオジキ、自分はあらかじめ事情を知っていました。演技とは言え、ハイキの兄さんにはご迷惑をおかけした事をお詫びいたします。」
ランドさんはあの横暴な態度とはまるで逆…とても丁寧な言葉で経緯を話してくれている。
「自分は【アームズ工房】に入って日が浅い、まだまだ修行中の駆け出し者です。【アームズ工房】の頭なんて、本来口が裂けても言えません…ですが、親方とギルゼのオジキからどうしてもと頼まれ…ハイキの兄さんに無礼を働きました。」
…いや、話し方も態度も丁寧なんだけど。
…ところどころライクアドラゴン的な言葉が出てるよね。
むしろ本物感増しているんだけど。
「ケジメが必要とあれば、自分が親方とオジキの分も。至らぬ身ではありますがご容赦いただければ…」
そして、ランドさんは服の内側から、三十センチぐらいの木製の細長い棒状の物を取り出した。
ほんのわずか沿っていて、片側の十センチぐらいの部分に切れ目と言うか…分離するような線が入ってる。
…なんかそれ視た事あるんだけど。
主にライクアドラゴンで…
場面的には今みたいな「ケジメ」って言葉が出た時に…
…え、まさか。
「自分の指では足りないかもしれませんが…」
シュッ
とランドさんが両手で棒状の物を引き抜くと、木製の鞘から銀色に光る小刀が姿を見せた。
「…ケジメ着けさせていただきます。」
本物だあああああああ!?
って、まさか…ゆ、指を!?
「いやいやいやいや!?」
何者なのこの人!?
ってか、どうしてそんなライクアドラゴンに出てくるドスなんてこの世界にあるの!?
それになんでこの人、常備しているの!?
「待った待った待ってください!!そんなのいりませんから!」
「…やはり、自分の指では…なら、この首で…!」
「違うからああああ!」
ヤバイ、この人…
全く止まる気配がない!
ちょっと誰か!?
俺がすがる思いでギルゼさんを視ると、
「ランドさん、ハイキ様がお困りですよ。勝手なケジメよりも今は話を聞く事がハイキ様へ筋を通す事になるかと。」
ギルゼさんがこの危機的状況に似合わない穏やかな声でランドさんをなだめてくれた。
「…失礼しました、オジキ、ハイキの兄さん。先走りし過ぎたようです。」
ランドさんはドスを鞘に戻すと、また服の内側にしまった。
…怖いよ、この人。
マジモンじゃないか。
ギルゼさんいてくれて本当に良かった。
って、それよりも…
俺はソファーに座っている背の低い、長い髭の男性に眼を向けた。
「では、貴方がこの【アームズ工房】の親方ですか?」
男性は俺の用意していた絵を眺めていたが、すぐに目線を合わせた。
「うむ。この【アームズ工房】の責任者…グレットだ。見ての通り、ドワーフだ。」
ドワーフ。
確か、異世界物語が流行ってからエルフの次に有名になった種族だ。
どの物語にもドワーフは『背が低く、長いひげが特徴で、鍛冶場仕事などの武器や鉄を使った製造を得意としている』って書かれていたな。
…って、責任者!?
「グレットさんは【アームズ工房】を立ち上げた創設者で、今も現役で働いているのです。今回はグレットさんの希望によりこのような形での話し合いとなった事をお許しください。」
ギルゼさんにも頭を下げられ、俺はため息をつくしかなかった。
騙されるってパターン多くないか?
ソファーから出てくるとか、ドッキリだよ。
「そう怒るな、若いの。お前がどんな男かはよく分かったわい。」
グレットさんは絵を丁寧にテーブルに置くと、口を開いた。
「さっきの茶番はワシ達が仕事を引き受けるにふさわしい者か見極める為のテストのようなもんじゃ。ワシ達は自分の仕事に誇りを持っているが、それよりも感情がある。気に入らない者の仕事をしても中途半端になるくらいなら、最初からしない方がお互いの為だからの。」
「テストって…俺、途中で怒ってましたし、なんならギルゼさんにも迷惑かけるぐらいの言葉を言ったんですけど。」
あれで『合格』の意味が分からない。
どう考えても、永久に取引停止…商業ギルド支部長の顔を潰したんだから、ギルドカード剥奪の話が出てもおかしくないはずだ。
グレットさんは首を横に振ると、床に座っているランドさんを見た。
「もし、『あのままお前が何も言わずに大金を払う』なら仕事は断るつもりじゃった。ランドには『無駄にプライドの高い守銭奴みたいに振る舞え』と言っておいたからの。金で全てを解決するような奴は嫌いではないが、何も言わない奴は裏で何をするか分からんから信用できん。無礼な態度だと怒る奴はこちらの提案を聞こうとしないから依頼を受けようとも思わん。」
「………」
「ワシ達はの、意見を言い合い、互いが納得する良い物を造りたいんじゃよ。どちらが上じゃなく、対等な立場での。ハイキよ、お前は確かにキレたが、それは絵を乱雑に扱われた事にだ。」
「それは…」
「見れば分かる。その絵には描き手の強い想いが込められておる。『最高の作品にしよう』というまっすぐな想いがな。ワシにとってはその絵とお前さんのさっきの行動は、信用するには充分過ぎるものなんじゃよ。」
グレットさんはまっすぐに俺の眼を見ると、手を差し出した。
「お前の望む店を必ず造り上げると約束しよう。もちろん、お前の望みは優先する。どうかワシ達【アームズ工房】を頼ってもらえないだろうか。」
この世界に来てから試されてばかりだ。
人間性を、力を、信頼を…
多分、これから先もずっと続くんだろう。
いつだって俺は試される側で、翻弄される立場なのかもしれない。
それが嫌になる時が来るかもしれないし、永遠に来ないかもしれない。
限界が来て、何もかもを投げ出したくなったり、壊したくなる日がやってくるかもしれない。
分からない事だらけだけど、一つ確かなのは…
「こちらこそお願いします。」
この差し出された手を掴む事だけは絶対に間違いじゃないって事だ。
小さく、ゴツゴツとした職人の手は、力強さと暖かみが感じられた。
「ハイキの兄さん。」
今まで黙っていたランドさんがまたどこから持ってきたのか、お盆に乗せた二つのおちょこと液体の入った瓶をゆっくりと俺達の前に出してきた。
…ウソでしょ。
これって…
ランドさんは真面目な顔ではっきりとその一言を口にする。
「杯をご用意しました。どうか、親方と一杯。」
※色々とアウトなので丁重にお断りさせていただきました。
その後、工事日程などの打ち合わせもする事になったので、ギルゼさんと一緒に諸々の事を確認し、どうにかその日は無事に終わった。
…ランドさんの正体?
…藪をつついたら蛇じゃなくて、龍が出そうなので聞きませんでした。