第五十五話 凄腕職人さんと顔合わせしました
「【アームズ工房】で頭やっているランドだ。ギルゼのおっさんに恩があるから、話だけは聞いてやる。」
ユーランの商業区のさらに奥…鍛冶場や工房が集中している『職人街』と呼ばれる場所のとある工房の中に俺はいた。
「…ハイキです。どうぞよろしくお願いします。」
俺は工房の応接室で大きなソファーにどっしりと座り込む筋肉ムキムキの大柄な男性…ランドさんに頭を下げた。
「じゃあ、さっさと話を言ってくれ。俺達も暇じゃねえんだ。」
…現代日本なら取引中止になるだろうな。
ランドさんの態度は横柄と言わんばかりのものだった。
ギルゼさんに連れて来られた【アームズ工房】。
年期の入った大きな建物の中にある作業場では多くの職人さんが作業に撃ち込んでいた。
「【アームズ工房】はユーランで最も古く、最も有名な工房です。腕は信頼出来ますが、金と権力でなびかない職人達です。」
ギルゼさんは道中、そう説明してくれたけど、まさかトップがこういう人だとは思わなかった…
応接室で一時間も待たされて、ようやく入ってきたランドさんはこちらが挨拶をする前にソファーに座って、遅れてきた詫びもなければこちらに対する気遣いもなかった。
…ギルゼさんもよく笑顔で流せるな。
俺、こういう人苦手なんだけど。
接客業のバイトでも見ちゃったからな。
なんかこう…会社での立場が上だからって、取引相手の営業さんにも偉そうにしている人。
「では、ハイキ様。お願いします。」
ギルゼさんに促されて俺は改めてランドさんを見た。
ランドさんは三人は座れそうなソファーの端っこに足を組んで座って、片腕はソファーの背にかけている。面倒くさいと言う顔を隠そうともしていないし、そもそも一度も俺と眼を合わせてすらいない。
横にギルゼさんがいなかったら、適当に話を切り上げて帰っていたかもしれない。
そんな滅茶苦茶な態度のランドさんに俺は用意していた絵をテーブルに置いた。
「イメージとしてはこういう店構えにしたいんです。中もこのように。」
絵に描かれているのは図面ではなく、店のイメージ図だ。
よくマンションとかで『完成予定図』として出されるデザイン画。
俺が絵が苦手なので、別の人にお願いして描いてもらった。
…もちろん、描いてくれた人にはちゃんとお金は払っているから!
それに一番最初に色々と話し合って契約した上でやっているからね?
よくある『お金は払わないけど、私のデザインをした実績は残ります!』とどや顔で言ってくる勘違い横暴人とは違うから!
おかげで俺の思い描く店の様子は充分に描かれていると思う。
「………」
ランドさんは絵を手に持ち、少しの間じっくり見ていた。
「どうでしょうか?」
俺が声をかけると、ランドさんは
「大金貨千枚だ。」
それだけ言った。
「…大金貨千枚とは?」
俺は嫌な汗をかきながら、そう問いかけてみた。
ランドさんはチッと舌打ちすると、
「だから、金だよ金!お前のこの絵を形にするなら大金貨千枚はもらわないと割に合わねえんだよ!」
そのまま絵を乱暴にテーブルに投げつけた。
絵はテーブルを滑るように流れ、とそのまま地面に落ちていった。
「!」
それを見て、我慢出来なくなったのかギルゼさんがついに立ち上がった。
「ランドさん!いくらなんでも、これは!」
当のランドさんは全く気にしていないというか、むしろ話は終わりだとばかりに席を立った。
「【アームズ工房】に依頼するなら大金貨千枚ぐらい用意してから来い。そしたら、お前の望むものをすぐにーーー。」
「いいえ、結構です。」
俺は床に落ちた絵を拾い上げ、絵に破れや折れがないのを確認して、静かに息を吐いた。
「ランドさん。俺は確かに大金貨千枚をすぐに用意出来る男じゃありません。ですが、もし大金貨千枚が手元にあっても、貴方には出しません。」
「あ!?」
…ああ、ダメだ。
ギルゼさんにも迷惑がかかるから黙っているつもりだったけど、この絵を雑に扱われて黙っていられるほど大人じゃない。
「この絵は俺が描いたものじゃありません。俺は絵が苦手ですから。これは俺が依頼して描いてもらったものなんですよ。」
俺が描いた絵なら別になんにも思わなかった。
でも、これはあの子が描いてくれた、あの子の初めての仕事の成果だ。
俺の注文に応えてくれて、笑顔で渡してくれた絵。
「ユーランで一番だから自信を持つのは構いません。金額が高いのも仕方ありません。ですが、人の描いた絵を…いや、想いが込められた物を今みたいに扱う事は…」
それだけは…
「…許せないんですよ。」
ギラリ、と俺はランドさんを睨んだ。
「ひっ!」
ランドさんは情けない声を出してその大きな身体を震わせたけど、もう俺はどうでも良かった。
ギルゼさんには悪いけどここには二度と来ないだろう。
…絵が破れなかっただけ良かった。
さっさと帰ろう。
「ギルゼさん、せっかくのご紹介ですが…申し訳ありません。今回はご縁がなかった事で…」
そう俺が言いかけた瞬間、
「合格じゃあああ!」
バーン!
とランドさんが座っていたソファーの反対側…ランドさんが座っていなかった腰掛けの場所が勢い良く開くと、中からひげの生えた小さなおじさんが現われた。
「文句なし!久しぶりに良い人間と出会えたわい!」
「……え?」
呆気にとられていた俺だけど、まだ驚きは続く。
怯えていたランドさんが突然、ソファーから降り、床に正座すると、
「まことにすんませんでしたああああああああああああ!」
床に頭をこすりつけて…土下座の体勢で謝罪を始めた。
「本当に!本当に申し訳ありませんでした!いくらなんでもやり過ぎました!全ての責任は自分にあります!どうぞ、煮るなり焼くなりお好きにしてください!」
え、なにこれ…
ソファーからはおじさんが飛び出て、横柄だったランドさんは打って変わって土下座して…
「………」
俺はゆっくりと横を向いて、
「…またこのパターンですか。」
笑いをかみ殺しているギルゼさんにそう言った。