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第五十四話 噂になっていました




 カンカンと、金槌で釘を打つ音や、ギコギコとノコギリで材木を切る音が普段は静かな通りに響き渡っている。


 作業をしている人達の手は迷い無く動き続け、時折改装工事中のお店の中を出入りしている。


「いくぞお!」

 

 ドカン!


 と声と同時に壁をぶち抜く音が周囲を震わせる。


「施工組、かかれ!」


「ヘイ!」  


 その音と作業風景に引き寄せられ、通りかかった人が足を止めたり、わざわざ商店街から遠回りして見に来る人も現われている。


 それでも作業する速度は落ちる事がない。


「なあ、ここ何が出来るんだ?」


「知らないのか?あのハイキ商店だってよ。」


「え、あの露店通りのか?」


「ああ、ここの空き家を店にするらしい。」


「こんな場所にか?あと、ハイキ商店は商業ギルドに眼を着けられて潰れたって聞いたぞ?」


「露店通りに薬草売りの婆さんがいるだろ?婆さんが言うには『本格的に店を造るから露店通りから離れた』そうだ。それによく見てみろ、作業している職人連中を。」


「…おいおい、人間、ドワーフ、エルフに、リザードマン!?って事は!」


「店の改装をしているのは【アームズ工房】の職人達だ。」


「ユーランで一番の職人連中じゃねえか!よく話が通ったな!?」


「どうやら商業ギルドの支部長が直々に依頼したらしい。こんな静かな場所なのに支援を惜しまないって事は、それだけ将来性を見込んでいるんだろうな。」


「はあ…若いのに相当やり手って事か。」


 おじさん達の会話に耐えられなくなった俺はその場を離れる事にした。


 遠巻きに見ていたけど工事は順調だし、噂で話題は広がっている。


 露店通りから俺がいなくなった事で悪い噂も出ていたみたいだけど、それも今みたいにどんどん上書きされている。


「いきなり全部の情報が出ると、ウソの情報もそれだけ出回ります。ですから、あくまでも『うっかり口を滑らせた(・・・・・・・・・・)』とか『ここだけの話(・・・・・・)』と言って一部の情報を流出させます。」


 公式から大々的に発表された情報を知ると、その背景を探ろうとする人もいる。特に俺のやっていたハイキ商店は色々と目立っていたから、裏を念入りに調べようとする人も多いとの事だった。


 なので、最初から『公開する予定の情報(・・・・・・・・・)』を『裏話(・・)』としてひっそりと流す。


「例え少人数であっても、人の口に戸が立てられないように時間が経てば、世間はその話を知ります。後はそのままにしておけば、流れてきた様々な情報を自ら組み合わせ、『ただの裏話(・・・・・)』を『裏話をまとめた真実(・・・・・・・・・)に近い話(・・・・)』として導き出してくれるでしょう。」


 ギルゼさんの言っていた通りだった。


 小出しされた『裏話』はあっという間に広がり、組み合わされ、世間に伝わっていった。


 俺も商業ギルドもハイキ商店が開店する場所を公開していないのに、場所を知っている人は明らかに増えたし、露店通りから撤退した理由も俺にとって都合の良い話に変わっている。


 人の少ないあの場所で店を開く事は『商業ギルドから見放されている』と思われたかもしれないけど、一流職人の【アームズ工房】と商業ギルド支部長のギルゼさんが関わる事で、商業ギルドが俺に期待を寄せているとアピールされている。


 悪い噂が出ても、すでに出回っている『ここだけの話』の方が信憑性も高く、浸透する前に消えていくので、わざわざ否定する手間もない。



「すごいなギルゼさんは…」


 人だかりから離れ、つい、そんな事をつぶやいた時だった。


「いやいや、ハイキ様も中々の人物だと思いますよ?」


「!?」


 いつの間にか、真横にシャマトさんがいた。

 最初からそこにいたみたいに、何の気配もなく。

 今日も変わらず金ぴかアクセサリーをジャラジャラと着けて、派手な見た目なのに…


「ど、どうも…」


 全く気づけなかった。


 …と言うか、最後に会った時、走って撒いたよな。


 相当気まずいんだけど…


「ああ、ご安心ください。すでに物件が決まられているのに、新しい物件のご案内など、無粋な事は致しません。」


「は、はあ…それはどうも。」


 ストーカーみたいに物件を押し売りしようとしていたのは無粋な事では…


 そんな言葉を呑み込むとシャマトさんは改装中の物件に眼を向けたままだった。


「【アームズ工房】が依頼を受ける…それだけで業界は騒然としています。腕が良い代わりに気に入った者としかテーブルに着かない方々ですからね。」


「…そうなんですか。」


 ギルゼさんにも言われたな。


『腕は信頼出来ますが、金と権力でなびかない職人達です。』


 最初に顔合わせした時も色々大変だった。


 怖い人達の事務所みたいだったし、話し合いの前にも色々あったし…

 

 ギルゼさんの紹介じゃなかったら絶対に関わらなかったと思う。


「ハイキ様、そう隠さなくてもよろしいですよ。」


 シャマトさんは俺が黙っている事を何か勘違いしたのか苦笑いしていた。


「【アームズ工房】と交渉する場を設けたのはギルゼ支部長でしょうが、それを成功させたのはハイキ様の力でしょう。【アームズ工房】はユーランに住むほとんどの人が知る職人集団ですし、一目見ようとする人はこれから増えていきます。」


「…俺は何もしていませんよ。」


 正直にそう答えた。

 特別な事なんて何もしていない。

 俺はただ正直に…

 言いたい事を言っただけだ。


「ハイキ様にとってはそうかもしれませんが、そう思わない者がほとんどでしょう。ハイキ様は自分が思っている以上に…いえ、自分では考えつかない程に注目を集めています。」


「いや、そんな…」


 そう否定しようとした俺にシャマトさんは首を横に振った。


「謙虚は美徳でしょうが、度を過ぎれば傲慢とも捉えられます。『あの【アームズ工房】との交渉を成功し、大がかりな改装工事をする事で店の大々的な宣伝と自分の優秀さを知らしめているとんでもない商人』…ハイキ様はそんな眼で視られているんですよ。」


「…マジですか。」


「超マジです。」


 シャマトさんからの説明に俺は頭を抱える。


 人をそんな『俺TSUEEEE系』にしないで欲しい!



 俺は静かに暮らしたいだけなんだ!


 …いや、ごめんなさい。


 だったら、大人しく陰で生きてろってなる。


 現代日本の生活水準を少しでも取り戻す為に、必死だったとは言え…動きすぎたか…


 それにしても…


 まさか、【アームズ工房】の話し合いがそんな風に思われていたなんて…


「はあ…」


 思いため息と共に俺は話し合い…の前に起きたあの顔合わせを思い返す事にした。


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