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第五十三話 会議が終わりました



「ふ~…」


 商業ギルドからの帰り道、俺は大きなため息をついた。


 疲れた…


 本当に疲れた。


 夕日は沈もうとしていて、仕事帰りの人達で道が混み始めている。



 あの後も会議は順調に進み、最後に細々とした取り決めを話し、無事に終了となった。


「本当に良かった…」


 つい心の声が漏れた。


 前日にシミュレーションをして、進行の流れを何度も確認して…


 何もかも予定通り(・・・・・・・・)だったとは言え、さすがに緊張した。


 オルゼさんの【魔道契約】とか予定外の事もあったけど…


 とりあえず、良しとしよう。


 まあ、もし会議が言い争いの絶えない地獄みたいな状況になったとしても、ハイキ商店の開店はほぼ決まっていたし(・・・・・・・・)


 もちろん、誰かに金貨を払って買収したとかじゃない。


 俺は誰にもお金も払っていないし、誰かと共謀して、話を押し通してもいない。


 今回の会議が滞りなく済んだ理由は一つ。


 わざわざ(・・・・)本気で反対する(・・・・・・・)人間が初めから(・・・・・・・)誰一人いなかった(・・・・・・・)だけだ(・・・)



 ネタばらし…と言うほどのものじゃないけど、会議が始まるまでに一日ちょっとの時間があった。


 その短い時間で情報を集めたり、誰が何を求めているのか、俺に何が出来るのかを考えた。


 その後、全員に『商店街付近で店を開きたい』と簡単な説明をする時に、ハイキ商店が開く時に起きるメリット(・・・・)も話した。


 その内容を理解してもらえたからこそ、たった一回の会議でほとんどの内容が決定した。


 こういう会議は形式上、何回もやってようやく本題が決まるってもんだから、それだけメリットの効果が大きいって事だ。

 

 それにハイキ商店の開店のメリットは特定の誰かだけじゃなく、全員にメリットがあった。


 少し長くなるけど説明をしよう。


 まず、商業ギルドだ。


 ハイキ商店が開店しようとしている店の周辺は空き家が多く、管理している商業ギルドにとっては、維持費だけがかかる物だった。現代日本と違って、家を取り壊すのも一苦労だし、更地にして駐車場にする訳にもいかない。土地を売ろうにも価値が低いので、誰も買おうともしない。


 だから空き家はそのままにするしかなかった。


 そんな場所に俺が店を開き、さらに警備隊が詰所を設置する事になった。


 一軒や二軒、空き家が埋まっただけでは大して意味はないと思うかもしれないけど、そうじゃない。


 話題になった店が正式に店舗を作り、治安維持を行う警備隊の詰所も近くにあるから何かあっても駆けつけてもらえる。


 空き家も多いから、そのまま住むのはもちろん、簡単な改装をすれば店もすぐに構える事が出来る。


 客足と安全が保障されるとなれば、商人はこのチャンスを見逃さないだろうし、商店街が近いから一般人が生活をするにも困らない。


 ギルゼさんが言うには、ハイキ商店周辺の土地は一ヶ月もすれば価値がこれまでの数倍以上になるだろうし、二ヶ月もしない内に空き家はなくなるとの事だ。



 次に、警備隊だ。


 ユーラさん達、警備隊にとって詰所が出来る事で仕事が多くなってしまい、メリットはないように思えるけど、実は詰所が出来る…その一点が何よりも大事なんだそうだ。


 元々、警備隊の詰所はそれぞれの地区にあったが商業区の場合は貴族御用達の店の近くなどに集中していて、商店街や露店通りからは離れた場所に置かれていた。

 見回りこそ毎日してはいたけど、何か事件が起きた時にすぐに駆けつけられる場合とそうでない場合の差が大きかった。

 それが今回、詰所が商店街の近くに出来る事で、商業区内の見回りが楽になっただけでなく、その場で犯人を取り押さえた後の処理もかなりスムーズになるとか。

 そんな訳でユーラさん達は多少仕事が増えても、問題ないそうだ。


 冒険者ギルドのメリットはズバリ【窓盾】の専売だ。


 【窓盾】を購入したい冒険者は今も多く、中には騙されて偽物を買った人もいる。


 冒険者ギルドが【窓盾】の販売を行うと知られれば騙される冒険者も減るだろうし、冒険者ギルドの利用者も増える。そうなれば冒険者ギルド全体の利益にもなる。

 オルゼさんは【窓盾】の販売を冒険者ギルドが仲介する分、販売価格がこれまでよりも上がってしまう事を心配していたけど、冒険者ギルドには【窓盾】を今の販売価格の七割で卸す事にした。俺の儲けは当然減るけど、冒険者ギルドが値段を上げて販売すれば反感が起きるだろうし、何より転売ヤーみたいな行いをさせるのは俺が嫌だ。

 

 オルゼさんとは『冒険者ギルドが販売する【窓盾】はハイキ商店が定めた適正価格でのみ販売が許される』と言った内容で正式な契約を交わしているので、値上げされる事もない。 


 これなら誰も反感も持たれないし、問題も起きない。



 そして、イールさん達、商店街のメリットは会議でも話題になった事だ。


『これまでと違う客層が増える』事。


 会議では問題点として扱われたけど、商店街にとってはこれが何よりも必要な事だ。


 商店街を訪れる人のほとんどは平民と呼ばれる一般人になる。もちろん、冒険者や場合によっては貴族も来るだろうけど、毎日足を運んだり、定期的に買い物をするようになる人は少ないはずだ。常連客がいれば大丈夫と思うかもしれないけど、それは違う。


 常連客…リピーターの数が増えなければ、全体的な売り上げの上昇は見込めない。そうなれば、もし税金の値上げや物価の上昇、それにライバル店が出た時、何が起きるか。


 売り上げの減少、最悪廃業だ。


 現代日本でも大型ショッピングモールが出来た影響で、近くの商店街がシャッター通りになった話は珍しくはない。


 商店街のまとめ役であるイールさんは最近、特に不安を感じていたらしい。


 廃業の未来を防ぐ為にはリピーターを増やすしかない。

 しかし、何かしらのイベントを行っても一時的なものにしかならないし、危機感を感じている商店街の人間もそこまで多いわけではない。


 そこに出てきたのが俺だ。


 ハイキ商店は色々な客が足を運ぶ店だ。


 商店街とは多少距離があっても、商店街を通り抜ける人は増えるだろうし、これまで利用しなかった人がちょっとした買い物でも毎回利用してくれるかもしれない。


 あくまで個人のお店なので、イベントとかと違って期間に終わりもなければ、商店街側に負担が起きる事も無い。


 新たな客層の発掘…それがイールさん達商店街へのメリットだ。



 最後に…俺のメリットだ。


 ハイキ商店の開店予定地の建物は商業ギルドの支部長であるギルゼさんから自由に使っていいと許可をもらった。

 警備隊の詰所が近くに出来た事で迷惑な客は少なくなるだろうし、その責任者がユーラさんになったから公正な判断はこれからも変わらない。

 冒険者ギルドが【窓盾】を販売してくれるので、何もしなくてもお金が入るようになる。販売価格の七割で卸しても元手がタダだから大して変わらないし。

 商店街と良好な関係になる事で地元住民ならではの情報も入りやすくなるし、何よりも敵対しなくて済んだのは大事だ。


 俺を含めた全員にメリットがある。


 …昔やってた自己犠牲じゃない。

 

 もうそんな生き方をするつもりはないし、しようとも思わない。


「…何が役に立つか分からないもんだな。」


 接客業のバイトをしていた時、教えてもらっていた事がこんな風に役立つとは思わなかった。


 トラウマが出来てしまった嫌な記憶しかなかったけど、少しはマシになった気分だ。


「…それにしても。」


 商業ギルドの建物を振り返って、自分がさっきまでいた支部長室に眼を向ける。カーテンで窓が覆われ、会議の内容どころか誰が話しているかさえここからじゃ視えない。


 …【神眼】を使えば別だけど。


「まだ会議があるって大変だな。」


 ハイキ商店に関する会議が終わって録音の魔道具をギルゼさんが止めた後、イールさんから「商店街で計画していたパーティーの件で話をしたい」と提案があった。


 内容は部外者には明かせないので、俺だけが退席して、関係者である四人はそのまま会議室に残っている。


「パーティーか。」


 部外者扱いだからそもそも呼ばれる訳がないだろうけど。


 …絶対参加したくないな。


 心からそう思いながら俺は小鳥の宿へ歩き出した。


*****


「単刀直入に言います。ハイキ商店、もしくはハイキ個人を狙って何かしらの妨害が起きる可能性があります。」


 ハイキが商業ギルドの建物を出て行った後、イールはそう切り出した。


「ハイキ様だけを帰した理由はそれですか。」


 ギルゼは難しい顔で唸るとため息をついた。

 停止している録音の魔道具は再起動されていないが、誰もその事に指摘はしない。

 

 この会話が残すべきではない(・・・・・・・・)非公式なもの(・・・・・・)だと全員が理解しているからだ。


「確かに…ハイキ様の邪魔をしたい人はいるでしょうね。」


 ユーラもイールの言葉を否定しなかった。


 ハイキ自身はそこまで気にしていないが、今やハイキはこのユーランで最も注目されている人間だ。


 突如としてユーランに現われ、頭角を現わした謎の青年。


 扱う道具の数々はこれまで視た事のないものばかりだが、誰もが思いもしなかった利便性が秘められている。

 それを高額で売りさばく訳でもなく、むしろ驚くほど安価で販売し、金に執着もしなければ、店も自分のやりたい時にしか開けない。

 およそ商人とは思えない振る舞いだが、その行いが結果的に人を惹きつけている。


「ただの商人なら良かったんだがな…」


 葉巻に火を点けたオルゼはカーテンの閉まった窓に眼を向けた。


「【赤の牙】を倒した事でアイツの注目度は別の意味で上がっちまった。」


 ランクの低い冒険者相手ならまだ言い訳は出来た。

「相手が舐めてかかってきた」や「運が良かった」など…

 問題はハイキが倒してしまった冒険者の一組が【赤の牙】だった事だ。


【赤の牙】はある貴族が将来性を見いだし、支援をしていた一団だ。


 ランクこそまだDランクではあったが、その実力はCランク…つまり、中位ランクと同等だと冒険者ギルドは判断していた。


 そんな【赤の牙】をハイキは怪我も負わずに(・・・・・・・)倒してしまった。


 そうなるともはや言い逃れは出来ない。


 【赤の牙】を倒した事実はハイキの動向をうかがっていた者達だけでなく、多くの人達の間に瞬く間に広まっていた。


 ハイキをユーランから追い出したい『排除派』とハイキを利用したい『擁護派』も動き出し、抗争が始まる寸前だったのだ。


 ハイキが寝泊まりしている場所が小鳥の宿と言う『絶対不戦の場所』でなければ、『排除派』と『擁護派』の二つの勢力による身柄の奪い合いが始まっていてもおかしくなかった。


 なんとか商業ギルドの使者が間に合い、特例ランクアップと二つのギルドが支援者となる事でその諍いは止まっているが…


「…で、どこのどいつだ。戦争始めようとしている大馬鹿は?」


 オルゼの言葉にイールは三人の顔を見て、その名前を告げる。


「アニオス商会の幹部…シャマト・キュール。」




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