第五十二話 色々決まりました
「それについては私からお話しましょう。」
そう手を挙げたのはユーラさんだ。
ユーラさんは俺が広げた地図の一点、ハイキ商店候補地からそれほど離れていない場所に警備隊のバッジを置いた。
「この場所に警備隊の詰所を開設します。しばらくは開設準備の為、少人数の交代制ですが、常に二人以上は常駐する形です。必要に応じて、道案内、落とし物などの保管、その他トラブルへの対処などを行います。責任者は私となります。」
要は交番だ。
元々、警備隊は各所に詰所が設立していたが、商店街や露店通りなどにあまり近すぎると客足が遠のく可能性もあったので、今まではその近辺には詰所を造らないようにしていた。
だけど、俺が特例ランクアップして店を開くとギルゼさんから聞いたユーラさんは上層部に意見を押し通し、『ハイキ商店に近く、商店街からは遠い』と言う条件で詰所の建築を認めさせたらしい。
建築候補地はギルゼさんが用意してくれていた。
実は開店候補地の周辺には空き家が多く、立地もあまり良くない為、一帯を管理している商業ギルドも持て余している状態だった。警備隊の詰所が出来れば、治安維持だけでなく、商業ギルドにも家賃などで定期的にお金も入るので、むしろ歓迎されていたようだ。
「治安を守る警備隊にしては公私混同が過ぎるのではないですか?」
イールさんの辛辣な言葉が俺に刺さる。
やっている事は公私混同と言われても仕方が無い。
個人の店の為に、街の治安維持が仕事の警備隊を近場に常駐させる。
それなりにお金も手間もかかっているのだから当然だ。
けれどユーラさんはさっきまでと違い、顔色一つ変えずにはっきりと声を出す。
「お言葉ですが【ハイキ商店】が生み出す経済効果はすでに露店通りでご存じのはずです。詰所に関しては私が意見を申し上げましたが、上層部と領主様からも許可はいただいております。警備隊としてはユーラン全体により強い活気が生まれるのなら、協力は惜しまない方針です。万が一ですが…どこかの商店街の立場のある人がやった無茶苦茶な逆恨みのような諍いがあっても抑えられますからね。」
「…ほう。」
バチッと火花が出そうな程のにらみ合いが起きる。
こわっ!
ってかユーラさんやっぱり根に持っているし!
張り詰めた空気が数秒続くけど、イールさんはそれ以上何も言わず、今度は視線をオルゼさんに移した。
「ハイキ商店は冒険者とも何度かトラブルがあったと聞いています。管理する立場の冒険者ギルドは何をされるのです?」
ゴホン、とオルゼさんは腕を組み直し、咳払いをした。
「冒険者には改めて他ギルドの組員への迷惑行為の禁止を通達した。もし問題が発覚すればランクダウンはもちろんだが、より厳しい相応のペナルティをうけさせるつもりだ。」
その言葉にイールさんが首をかしげる。
「ずいぶんと処置が甘い気がしますが…そんな言葉だけで止まる人間だけではないと支部長が一番ご存じのはずでは?」
オルゼさんは深く頷くと、
「その通りだ。だが、下手な対策をすれば逆にどうにか出し抜こうとする頭の回る馬鹿も出る。だから、その対応はハイキと話を済ませている。」
オルゼさんの言葉を合図に俺はその言葉を口にする。
「ハイキ商店で取り扱っている【窓盾】は今後、冒険者ギルドだけで販売していく予定です。」
それが俺の案だった。
「…【窓盾】の販売を冒険者ギルドに?正気ですか?」
イールさんが口を開いたまま固まるけど、ユーラさんやギルゼさんも同じだった。
この話は俺とオルゼさんしか知らない内容だ。
ハイキ商店が有名になった理由の一つに『透明窓付きフライパンの蓋』…通称、【窓盾】がある。
今更説明するのもどうかと思うけど、イチャモンを着けてきたクレーマーを俺が【窓盾】を使って倒したせいで『珍しい調理器具』が『実践的な万能盾』と認識されてしまった。
その結果、【窓盾】を皆が欲しがって多くの冒険者が露店通りの店にやってきていた。
今や【窓盾】はハイキ商店の名物商品になっている。
「冒険者がハイキに固執する理由は【窓盾】をハイキしか取り扱いしていない事が原因だ。実際、ユーランの鍛冶場職人や武器屋が【窓盾】を再現しようとしたが、未だに成功例はない。」
でしょうね。
現代日本なら珍しくもなんともない透明窓付きのフライパンの蓋。
千円ちょっともあれば買えてしまうこの一枚には考えられないほどの技術や製法が使われている。
軽いステンレスを寸分の狂いもない綺麗な円形にして、透明で割れにくいガラスをズレのないように組み込み、持ちやすいようにより薄くし、さらに様々な加工を施してようやく出来る物だ。詳しくは分からないけど…
なんにせよ、いくら優秀な職人がいても何も知らない状態から真似したところで、そう簡単に出来る訳がない。それだけ現代日本の技術力は高い。
「冒険者ギルドはハイキから【窓盾】を卸してもらい、希望する者へ販売を行う。ハイキからの要望で販売価格は以前と変わらないようにし、問題を起こした冒険者とそのパーティーには購入をさせない。」
「ですから、それでは処分が甘いとーーー。」
言いかけていたイールさんの言葉を切るようにオルゼさんは手を突き出し、それ以上の言葉を止めた。
「…当然、それだけじゃない。内容はハイキ次第だが、問題を起こした人間は【魔道契約】を結ばせる。」
【魔道契約】?
聞いた事のない言葉だ。
オルゼさんと会議前に話した時にはそんな言葉聞いてすらいない。
名前から推測すると、魔法を使った契約って事だろうけど。
「…マジか。」
イールさんが丁寧な口調から素の言葉に戻っていた。
…気のせいじゃないな。
空気が少し…いや、かなり重たくなっている。
どうやら【魔道契約】って言葉はよっぽど物騒なものみたいだ。
「そうですか…」
イールさんは口調を正すと、息を吐いた。
「分かりました。それなら文句はありません。【魔道契約】を出す以上、冒険者ギルドがどれだけ本気なのかよく分かりました。」
「!?」
その言葉で【魔道契約】は俺の思っていた以上に危険な物だと分かった。
あれだけ意見を言っていたイールさんが簡単に手を引いてしまう程に…
「……」
【魔道契約】について聞きたいけど、ギルゼさんがさっきから「今はダメです」と首を振っている。
…確かに今はマズイか。
イールさんは俺が【魔道契約】を理解していると思って、話を進めている。
ここで下手な発言をすれば、まとまりかけている話が崩れてしまう。
そして、イールさんが俺に目線を合わせた。
「商店街側としては今の内容を守っていただけるのでしたら、異論はありません。戻り次第、他の店に通達し、反対意見がありましたら、私の方で説得を行います。意見次第ではまたこのような会議を開かせてもらいますが、よろしいでしょうか?」
少しだけ笑ったその顔に俺は少し後ろめたい思いを感じながらも、元気に答えを返す。
「ええ!もちろん!」
こうして、色々ありはしたけど、ハイキ商店の正式な開店が決まった。