第四十九話 絶対に戦いたくないと思いました
前回のお話。
買い出しの荷物持ちとしてフーさんの手伝いをしていたら、何故か殺気だった商店街の人達(全員おじさん)が集まってきた。
何を言っているか分からねえだろうが、俺も何を言っているか分からねえ…
いや、本当に…
「…おばさん。」
俺はおばさんに助けを求めるしかなかった。
フーさんはフリーズ中。
おじさん達は眼が血走っていて、多分俺が何か話しかけたらどんな内容でも爆発する予感がある。
ここは、唯一まともなおばさんしか…
そう思って俺がおばさんに振り向くと…
「ったく、あの馬鹿共は…」
おばさんはそう言いながら店の奥に引っ込んでしまった。
「え、おばさん?おばさあああん!?」
何度呼んでもおばさんが戻ってくる気配がない。
いやいや!
この追い詰められたジャッカル状態で置いてきぼりはマズイって!?
フーさんは手を握ったまま、固まっているから動けないし…
俺がもう一度叫ぼうとすると、後ろからまたざわざわと声が聞こえた。
「あんな情けない男がフーちゃんの彼氏だと!?」
「あんな小物がフーの結婚相手!?」
「あのヘタレが婚約者だと!?」
「あの臆病者が許嫁だと!?」
「あの外道が旦那だと!?」
話がだんだんデカくなっていませんか!?
…もう、ヤダよ。
これ絶対に何かしても何もしなくても、ぶっ飛ばされる展開じゃん…
異世界物語だけじゃなくて、マンガでもよく見る光景だもん。
こういう時って何言っても悪化するから、実は黙っているのが一番なんだよな。
…不幸の芽が成長しないように、最低限の被害で終わらせられるように。
これ以上悪い方へ行かなければそれでいい…
「借金の代わりに無理矢理結婚しようとしている鬼畜野郎だって!?」
これ以上ないほど悪化しているんですけど!?
成長しすぎて花咲いちゃってるんですけど!?
「いや、ちょっと!?」
俺がつい声を出したその瞬間、
「ぶちのめせえええええええええ!」
「うおおおおおおおおおおお!」
なんでだああああああああ!?
なんで、会ったばかりのおじさん達から俺、ここまで殺意向けられているの!?
なんで、おじさん達みんな武器持ってきているの!?
なんで、優しそうなメガネのおじいさんがそんなどでかい斧を構えているの!?
「覚悟は出来てるか、この人でなし!」
そして、騒動の原因となった旦那さんの手には、俺の身長と同じぐらいの大剣が握られていた。
なんか、鉄と言うより大きな骨を削ったような造りなんだけど…
…モ○スターハ○ター?
「俺達のフーに近づく不届き者はこの手で始末を着ける…!」
ピー!ピー!ピー!ピー!
スマートフォンから電子音が鳴った。
この状況って事は…
『【治安情報】アプリより緊急連絡。脅威レベル4を確認、速やかにその場を脱出してください。』
…ウソだろ!?
『殺す』って言って襲ってきたモルスよりも高い…
…脱出って言ってもどうやって?
入り口はこんな状態だし、奥にも行けないし…
「いつまでフーの手を握ってやがる!?」
旦那さんは片手で大剣の切っ先を俺に向けてきた。
握っているんじゃなくて、握られているんですけど!?
そうツッコミたかったけど、声は出さなかった。
「………」
【治安情報】アプリの警告があったのもだけど、【神眼】を発動しているから分かる。
旦那さんの大剣の切っ先は震える事なく、俺の喉元を指している。
外にいる全員も本気で俺に狙いを定めている。
…空気が変わっている。
冗談でしたって笑って済む感じじゃないし、よくあるギャグマンガ的展開でもない。
さっきから【危険察知】もずっと反応している。
これ、マズイよな…
特に旦那さんは息もかなり荒くて、アドレナリン全開って状態だ。
俺じゃ全員を止められない。
【神眼】と【第一領域】で旦那さんをどうにか出来ても、あれだけの人が来れば量で押しつぶされる。
…怪我させないまま押し切るのは難しいか。
「往生せえやああああああ!」
旦那さんが大剣を振りかぶった瞬間だった。
「ごめんね、ハイキさん。」
その声と同時に今まで掴まれていた手の感触がなくなっていた。
そして、ここから先は【神眼】で視た事実だ。
「…!」
フーさんが大剣を振り下ろそうとする旦那さんの前に音もなく出ると、その大剣の持ち手を右手で掴んで…
気づいたら、旦那さんの身体が大剣ごと空中に舞っていた。
「!?」
ドシン!
ガランガラン!
静まった店内に旦那さんが床に落ちる音と、持っていた大剣が転がった音だけが聞こえた。
商店街の人も、旦那さんも何が起こったか分かっていないようだ。
【神眼】で視ていた俺も何が起こったのか、頭が追いついていない。
そんな数秒の出来事だった。
…けど、それで終わりじゃない。
「…いい加減に!」
フーさんから強い圧を感じ思わず身構えると、
「いい加減にしなさああああああああい!」
フーさんの怒声が商店街のおじさん達を一喝した。
「ひいいい!」
おじさん達の動きが固まるけど、それだけじゃない。
「うおおっ!?」
何故か俺の動きまで止まってしまっていた。
「っと!?」
と思ったら、またすぐに動くようになったけど。
なんだ今の!?
今、確かに身体が全く動かなくなった。
怒られてビクッて萎縮する感じとはまるで違う。
『動く』という行動自体が封じ込められていたような…
そんな感覚だ。
どうやら…おじさん達はまだ動けないようだけど。
「あのね…!」
フーさんが地面に倒れている旦那さんを無視し、入り口で固まっているおじさん達に近づくと、
「全員仕事中でしょ!それにこの人は買い出しに付き合ってくれたお客さん!変な事したら許さないから!」
さっきより圧はないけど、厳しい声でそう怒った。
すると、何かが抜けたように臨戦態勢だった眼が落ち着きを取り戻したように変わっていった。
身体も動けるようになったみたいで周りを見回し…
「あ、ああ。そういう事。」
「す、すまなかったね、フーちゃん。」
「どうかしてたな。まあ、ただのお客さんなら。」
「お、お邪魔しました…」
そんな会話をしながら、集まっていたおじさん達はすぐに散り散りになっていった。
「…で、イールおじさん?」
ただ一人…この騒ぎの元凶となった肉屋さんの旦那さんを残して。
「言いたい事が色々あるけど、いい?」
眼が全く笑っていないフーさんの笑顔と青ざめる旦那さんを視て、俺は震えながら静かに両手を合わせ、決意した。
…これからはフーさんを怒らせないように気をつけよう。
ないとは思うけど、万が一、フーさんとバトル展開になったら逃げる!
…絶対に戦いたくない!