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第四十七話 放っておけませんでした




「はあ…」


 噴水広場のベンチに腰掛けるとつい、ため息が出てしまった。


 賑やかな空気と並ぶ露店、楽しそうに歩いて行く人達。


 その真反対のように俺は疲れ切っていた。


「まさか、あんな事になるとは…」


 空を見上げるとそんな言葉が出る。


 シャマトさんから逃亡して三時間が経っていた。


 シャマトさんを撒く事は出来たのだけど、今日見る予定だった物件はほとんど見る事が出来なかった。


「はあ…」


 ため息が何回でも出てしまう。


 視る予定だった物件の近くに行くと、何故かシャマトさんがまた待ち構えていたり、予定を変えて別の日に視る予定だった物件に向かうと、アニオス不動産じゃない別の不動産の人達が集団で追いかけてきたり、そういう人達にどうにか気づかれずに物件に着いても何故か内見が出来ないと断られたり…


 そんなこんなで心が折れた俺は噴水広場で黄昏(たそが)れていたのだった。


 …いや、本当にどうしよう。


 店もだけど、何を売るのか、どれぐらいの金額にするのか、どういう感じの店がいいのか…


 そういう事が全然決まっていない。


 ああ、どうしよう。


「はああ…」



 視線はいつの間にか空から、うつむいて地面を視ていた。


 …考えないといけない事はそれだけじゃない。


 お店を経営するにしても家賃や税金、それに更新料もある。


 五年以内にBランクの更新料を難なく払えるようなお店を造らないといけないのに…


 お店を今すぐ決めたとしても開店準備やらなんやらで時間が必要になる。


 【窓盾】のおかげで今ならまだ注目度はあるけど、それもいつまでも続かない。


 だらだらと先延ばしにすれば、それだけ人も集まらなくなってしまう。


 …本当に何も先が見えない。


「はああああ…」


 さっきよりもさらに大きなため息をついた時だった。


「ハイキさん?」


 名前を呼ばれて顔を上げると、パンパンに膨れた紙袋を抱えたフーさんが心配そうな顔をして俺を見ていた。


「どうしたの?」


 そう声をかけてくれるフーさんについ色々話したくなってしまうけど、

 

「…いや、何でもないですよ。」


 俺はそう言って無理矢理笑った。


 俺とフーさんはお店の人間とお客さんの関係だ。


 常識を教えてもらう約束はしても、重い愚痴を話す間柄じゃない。


 …そこは(わきま)えないといけない。


「…そうなんだ。うん、なら良かった!」


 フーさんは一瞬暗い顔をしたけど、またいつも通りの笑顔になった。


 多分、色々察してくれているんだろう。


 俺はその事に気づかないふりをして立ち上がった。


 フーさんの前でくらいしっかりしておかないと。


「フーさんは買い出しですか?」


 立ち上がった時に袋の口から嗅ぎ慣れた黒パンの匂いがした。


「…うん、そうなんだけど。」


 どこか歯切れ悪い返事よりも気になったのはどうしてフーさんが黒パンをわざわざ持っているか(・・・・・・・・・・)だった。


 小鳥の宿は契約しているパン屋さんが毎日黒パンを届けている。


 泊まっているお客さん全員がいつもより多く食べたとしても、こんなにたくさんの黒パンは必要にはならないはずだけど…


 俺の視線にフーさんは少し悩んだ後、言いづらそうに口を開いた。


「…今日、パン屋さんがお休みになって。それに食材の発注にも問題があって、急いで買い出しに行っているの…」


「そうなんですか!?」


 黒パンだけじゃなくて食材が足りないのか。


 と言う事は、フーさんは今から宿の食事に必要な食材を集める事になる。


 食堂は毎回、席がかなり埋まっているから食材も相当な量になるだろう。


 料理の仕込みもあるから一分一秒も惜しいはずなのに。


「…そんな急ぎの時に俺に声を?」


 俺の言葉にフーさんは照れたように笑った。


「ちょっと気になっちゃって。ハイキさん、最近暗かったし。あ、買い出しは大丈夫!これから急げば間に合うし!」


 力強く言っているけど、紙袋を持つフーさんの手はよく視るとプルプル震えている。


 いくら中身が黒パンとは言え、パンパンに膨れている紙袋の様子から重さがそれなりにある事は分かった。

 

 …自分の方が大変なのに、俺の為に時間を使って。


 なにが『しっかりしないと』だ。


 俺より歳下のフーさんの方がずっとしっかりしている。


 自分の事しか視えていない俺と違って、フーさんは自分の事よりも俺を心配してくれた。


「フーさん。」


 そんな人をここで放っておく事だけはダメだ。


 コミュ障とか距離感とか、そういう言い訳はもういい。


 ここでサヨナラだけは絶対やっちゃいけない。


 …それは確かだ。


「…よろしければ荷物持ちとしてお手伝いしましょうか?」


 俺はそう言って、スマートフォンを取り出した。


「【収納】いや、俺も【空間魔法】が使えるので荷物持ちなら充分お手伝い出来ますよ。」


 このままだとフーさん一人だとお店と小鳥の宿を何往復もしなくてはならない。

 

 俺なら【収納】を使えば荷物の量は問題なく運べるし、時間の短縮には役立つはずだ。


 不安なのは「え、なにこの人私に気があるの?うわ…」って思われないかだけど。


 いくら買い出しとは言え、こんなに可愛い女の人の買い物に俺みたいな男が付き合えば周りから変な誤解をされてしまうかもしれない。


 フーさんぐらいの年齢の女の子ってそういうの気にすると思うし、断られても仕方ないけど。


「………」


「………」


「……………」


「……………」


 …あの、フーさん?


 何でそんな口が開いているんですか?


 え、ちょっと?


「フーさん?フーさん?」


 呼びかけて目の前で何度か手を振ると、


「はわっ!?」


 ようやく反応してくれた。


 …大丈夫かこの人。


 フリーズしてたけど、やっぱり男が一緒は嫌か。


 …もう一度言ってみるか。

 

 断りやすいように言い方に気をつけて。


 せめて黒パンの袋だけでも小鳥の宿に持ち帰る手伝いはしたいけど…


「どうしましょう?男が着いていくと買いにくい物もあるでしょうし、嫌なら断って「全然!全く!これ以上ないほどに買いにくい物はありません!!!」


 俺の言葉を遮ると言うか喰うレベルで再起動したフーさんの眼には…気のせいかな、火が視えたんだけど…


 なんかスイッチ入ってる気が…


「ハイキさん!是非お願いします!さあ、一緒に!」


「え、ちょちょっと!?」


 そのまま俺はフーさんに手を掴まれ、引きずられるように買い物に連れて行かれた。


 …買い出しデート?


 ハハハ。


 これはデートとじゃなくて、連行でしょ。


 腕、痛いもん。


 血の流れが悪くなって青くなるほど強い力で手首掴まれてるし。


 と言うか、フーさんさっきまで両手で抱えていた紙袋片手で持っているし…


 俺いらなかった?


「パパ~、あのお兄さんどうしてあんなに悲しい顔しているの?」


「…あれはね、全てを諦め全てを受け入れた男の顔なんだよ。」


 通り過ぎた親子連れの会話が胸に痛かった。


 とりあえず、フーさん。

 

 その紙袋だけは【収納】に片付けるので、止まってください…!


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