第四十一話 事情聴取されました
「またですか、ハイキさん。」
「…またです、すみません。」
俺は頭を下げて、騒ぎを聞きつけた警備隊の人に謝っていた。
そんな俺に待っていたのは
「いえ、勘違いしないでください!ハイキさんが速やかに連中を抑えてくれたおかげで被害も少なかったのですから。」
慌てたようにフォローする声だった。
「…ん?」
そのまま視線が別の方向に向かれたので俺も追いかけると、襲ってきた四人組の冒険者達が連行されているところだった。四人とも武器は取り上げられ、俺の使った縄跳びでがんじがらめにされている。大きな怪我はないようだけど、ぐったりした様子だった。
「…っ!」
それでも俺の視線に気づいたのか、真っ先に飛びかかってきたリーダーの男は残った力で俺を睨み付けながら人混みに消えていった。
「申し訳ありません。そもそもハイキさんがこうなる原因は我々にあったので…」
事情聴取と言う体で俺と話しているこの人はユーラさん。
金髪で背も高くて、イケメンの部類に入る警備隊の人だ。
あの騒動の後で知り合って、最初は俺の苦手なチャラい人だと思っていた。
「奴らは私からも釘を刺しておきます。ご安心ください。」
でも、実際は全然違った。
商業区担当の警備隊をしているユーラさんは真面目な人だ。
まだ二十代後半なのに警備隊の隊長になる実力者だけど、どんな人にも礼儀正しく、若い俺にもとても丁寧に対応してくれている。
今も事情聴取と言っているけど、俺の事が心配でわざわざ声をかけてくれている。
「ひひひ、そうだよ。あの日もアンタらがいつも通り来ていれば、あんな大事にはならなかったのにねえ。」
いつの間にか現われたレミトおばあさんの言葉にユーラさんはまた暗い顔になってしまった。
「いや、レミトおばあさんそれは…」
俺がレミトおばあさんに注意しようとすると
「…本当におっしゃる通りです。警備隊の誰か一人でも来ていれば…申し訳ありません!」
ユーラさんが勢い良く頭を下げた。
「いいですいいですから!」
焦る俺と頭を下げ続けるユーラさんを視て、レミトおばあさんはまた面白そう笑っている。
「おいおい、ばあさん。そこまでにしておきなよ。」
向かいの店の食器売りのおじちゃんが苦笑いをしながら、助け船を出してくれた。
「ユーラさんも隊長なんだからあんまり頭下げちゃいけないよ?ばあさんはばあさんでしっかり稼いでいるんだから。」
他の露店の人達も深く頷いている。
「ひひひ、アタシはただ倒れて動けなくなった客に薬を売っただけさ。ちょ~っと苦い薬をね。」
レミトおばあさんは悪びれる事なく話しているけど、『ちょ~っと苦い』か…
…飲んだ瞬間、意識を失うほどの苦さが『ちょ~っと苦い』ね。
…いやないない。
【神眼】と【第一領域】が覚醒した俺はさっきみたいに挑んできた人達を抑える事は難しくなくなっていた。単純に腕力とか身体の力が上がった訳じゃないから注意は必要だけど、相手を動けなくする事は段々と物にしていると思う。
そして、俺に倒された人達の前でレミトおばあさんはこう囁く。
「回復薬が欲しいなら売ってやるよ。名前とギルドカードのランクを言いな。」
で、三倍以上にふっかけた『飲むと気絶するほどマズイ』回復薬を売って、飲ませる。
回復薬を飲む事で身体は回復するけど、苦さで気を失うからすぐには立ち上がる事も出来ず、気を失った冒険者は大人しく警備隊に連れて行かれていく。
当然レミトおばあさんは後からきっちりお金を請求する。
「非常事態なら何でも高くなるもんさ。お互い納得の上なら大目に見てもいいんじゃないかい?」
レミトおばあさんはまた「ひひひ」と笑って、ユーラさんの肩を叩いた。
「…まあ、その。程々にで、お願いします。」
ユーラさんはそう歯切れ悪く言っているけど、食器売りのおじさんも、他の露店通りの人も、レミトおばあさんも温かい眼でユーラさんを視ている。
隊長の立場なのに、申し訳ないと思ったらすぐに頭を下げるし、流れ者の多い露店通りの人にも変わらない態度で話してくれるユーラさんは、なんだかんだでみんなに好かれている。
と、警備隊の一人がドタバタと走ってきた。
「隊長、今回の騒動の証言全て一致しました!捕らえた者は冒険者ギルドでパーティー名『赤の牙』で活動中。全員がDランクの冒険者です。」
その報告にユーラさんはさっきまでの優しい雰囲気からいきなり厳しい目つきになった。なんかスイッチが入ったみたいだ。
「…この十日ですでに五件だ。冒険者ギルドには再三忠告を送っているが…私は今からは冒険者ギルドに向かう。君たちは残りの処理を頼む。」
「了解しました!」
最後に俺達にまた頭を下げると、ユーラさんは部下の人と行ってしまった。
「…すごいな。」
つい、そんな声が出た。
いつもはあんなに優しい人なのに、仕事になると完全に切り替わっている…いや、さっきの俺達と話している時も仕事なんだけど。
…なんか怒っている?
「ひひひ、そりゃそうさ。」
俺の考えを読んだようにレミトおばあさんがまたいつもの調子で口を開いた。
その目は今もユーラさん達が行った先を追っている。
「冒険者ギルドには警備隊からあの日以来、何度も忠告をしているはずだ。それなのにこの様さ。さすがにあの真面目男も限界だったようだね。」
レミトおばあさんは店に戻ると、誰も頼んでいないのに薬草を煎じ始めた。石臼のような物で薬草独特の匂いが漂う中、レミトおばあさんは俺を見た。
「特にアンタには責任を感じているのさ。あの騒動の日に駆けつけられなかった事、それが原因で起きてる連日の騒動、アンタが【窓盾の商人】と呼ばれるようになった事…全部に責任感じているのさ。」
どこか悲しそうな言い方に聞こえたけど、俺はそれ以上聞けなかった。
ただ、レミトおばあさんが煎じている薬草が誰の為に造られているかはなんとなく分かった気がした。