第四十話 波乱の幕開けでした
第二章の始まりです!
これからもよろしくお願いします!
「…あの、今なんと…」
聞き間違いである事を願いつつ、俺はもう一度、震える声でそう言うしかなかった。
座っていたふかふかの椅子の感覚がさっきまでとまるで違う、嫌な物に纏わり付かれているような感じに変わっていた。
身体に力が入らない。
呼吸が荒くなっていく。
「…ではもう一度言わせていただきます。」
目の前の相手、テーブルを挟んだ先に座っている六十歳くらいの男性…商業ギルドの支部長は厳しい顔でその宣言を繰り返した。
「ハイキ様、貴方の露店通りでの商売は本日より停止させていただきます。」
支部長室の空気とは裏腹に窓の外から見えるお昼の太陽がやけに眩しく視えた。
******
あの露店通りで起きた大騒動から十日が過ぎていた。
俺はあれ以来、少しだけ変わった日常を過ごしていた。
気まぐれに店を開けて、押し寄せる大量のお客さん相手に商売をして、たまに来る冒険者のスカウトを断って、売る物がなくなったらすぐに店を閉める。
今日もそんな一日だった。
「おやおや、今日はもう終わりかい?」
俺の露店の横で薬草を売っているレミトおばあさんがそう声をかけてきた。レミトおばあさんの店も色んな人が来るけど、俺と違ってなだれ込むようには来ないから、お互いが暇になると決まって話しかけてくる。
「売る物もなくなったし、あんまり居座っても面倒な事になりますからね。」
今日はいつもより商品も少なかった事もあって、九時に開店して一時間で売り切れ状態だ。
俺はさっさと店じまいの準備をしながら、銀貨一枚をレミトおばあさんに渡した。
「いつものお願いします。」
「ひひひ、はいよ。」
レミトおばあさんは銀貨を受け取ると、露店でごそごそと作業を始めた。薬草を石臼で煎じる音を聞きながら、俺はそのまま店じまいを進めていく。
忘れ物がないかを確認して、今日の売り上げを【収納】に入れた時だった。
「貴様がハイキか!」
「うおっ!?」
飛び上がるほどの大声に眼を向けると、筋肉むきむきのむさい男の冒険者四人組がそこにいた。ひげも伸び放題だし、服もぴちぴちだ。
「…はい。俺がハイキですけど。」
返事をしたけど、俺は内心ため息をついていた。
あの騒動の後から、ある事が続いている…
今回もそれだろうと思った。
いや、実は違ったりする可能性もちょっとはあるけど…
リーダーらしき人は両腕を思いっきり広げて、
「喜べ!貴様を俺達のパーティーに入れてやる!とても光栄な事だぞ!」
自信満々に言い放った。
周りの人達も唖然としている。
マジか、この人…
「…いや、結構です。他当たってください。」
それだけ言って、俺はレミトおばあさんが用意してくれた暖かい薬草茶を受け取った。
露店を始めた初日に疲れ切った俺に何も言わずにレミトおばあさんはこのお茶を淹れてくれた。
今ではすっかり仕事終わりの一杯になっている。
「な、貴様自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
即答されると思わなかったのか声を荒げる冒険者だけど、俺はお茶を飲んで、頷いた。
「よく分かっていますよ。それを理解した上でその勧誘をお断りさせていただくんです。申し訳ありません。」
軽く頭を下げ、俺は「ふ~」っと一息ついた。
見た目も香りも味も現代日本で飲んでいた緑茶だ。
レミトおばあさん特製ブレンドの薬草茶は一杯銀貨一枚で、普通のお茶と比べてもかなり高いけど、その価値はある。
【神眼】で視たけど、疲労回復や免疫向上だけじゃなくて、ストレス緩和にも効果があるし、本当に俺にピッタリだ。
人を視てきた時間、長い間薬草を扱っていた経験があるから、その人に必要な物を用意出来る。
ちょっと怪しいところはあるけど、腕は信頼出来る。
「…なるほど、貴様は自分の立場が分かっていないようだ。」
そんな声と同時に男達四人はそれぞれの武器を抜き出していた。
リーダーが剣、残りの三人が斧、弓、槍…
ええ…ここ人通りのある場所ですよ。
なんでそんな臨戦態勢なんですか…
「…まさか、こんな場所でやる気ですか?」
武器を抜いた途端、俺らの周りから人はいなくなったけど、レミトおばあさんは関係ないみたいに俺の隣にいるし、それに弓なんて飛び道具は外れればどこに当たるか分からない。
そんな事も分からないのか?
「貴様が悪いのだ!せっかくの名誉を捨てるとは!貴様には不相応な【窓盾】も金も我々が有効活用してやる!」
…うわ~、言ってて恥ずかしくないのかな。
やってる事強盗だよ。
ほら、離れていた人達もさらにドン引きしてるし…
「ひひひ、今までで一番の大馬鹿だね。アンタは本当に飽きないよ。」
ただ、レミトおばあさんだけは笑いながら、俺が空にした湯飲みを持って、自分の店に戻っていった。
「さ、あと一仕事頑張んな。アタシも稼がせてもらうからね。」
「…ちゃんと、正当防衛だと証言してくださいよ?」
レミトおばあさんに念押しして、俺は【収納】から念のために用意していた物を取り出す。
「おや、また珍しいね。鞭…いや、縄かい?」
ちなみに、レミトおばあさんや露店通りの人達は、俺が【収納】を使える事を知っている。あちこち渡り歩く露店をやっている人なら、物を出し入れ出来る【空間魔法】を使う人間ともそれなりに面識があるそうだ。
で、用意していた物だけど…
縄か…
合っているけど、少し違うんですよね。
「これは子供向けの遊び道具ですよ。」
俺はそう言って、緑色に光るビニール製の縄の両端に着いているプラスチック製の持ち手の両方共を右手で掴んだ。
子供向けだからか、俺の手でも握れるそれを軽く振ると風を切る音が響く。
どうやら大丈夫そうだ。
俺は用意していた子供向け縄跳びを振りつつ、もう一つの物…今や愛用になってしまった物を取り出した。
「ひひひ、やっぱりアンタはそれだね。」
「…もう馴れましたよ。」
レミトおばあさんの軽口を受け流し、俺は左手で『それ』を構える。
透明窓付きのフライパンの蓋…
あの騒動の後から【窓盾】と呼ばれるようになった調理道具を…
「ぶっ殺せええええええええ!」
大声をあげて突っ込んでくる筋肉男達を前に俺は
「…なんでこんなバトル展開に。」
そう嘆きながら、もはや日課になりつつある強引な勧誘の返事をする。