第三十八話 クレーマーをぶっ潰しました
現代日本にならボールペンのインクを落とすやり方は色々あったはずだ。
薬品とか…
全然覚えていないけど。
身体に着いたインク汚れなら石けんで洗えば意外と落ちてくれるし、服にボールペンのインクが飛び散るなんて大惨事も経験した事はなかった。
だから、ボールペンのインクの成分なんて俺も分からないし、そのインクを溶かす薬品も俺は知らない。
でも、異世界の人達は信じるしかない。
だって、ボールペンを売っているのは俺だけで、そのインクを消す薬品もあると俺が言えばそうと信じるしかない。
皮や骨が溶けるなんて、滅茶苦茶な内容でも。
「ふ…」
最初に声を出して動いたのは、予想通りだったけど、
「ふざけるなああああああああああ!」
怒鳴り男だった。
服の中に隠していたナイフを抜いて、俺に向かってきた。
「ハイキさん!」
全員が俺のネタばらしで反応が遅れていた。
この距離じゃ、誰も怒鳴り男を止められない。
…俺以外は。
「死ねえええええええ!」
ナイフを持ったまま突っ込んでくる怒鳴り男は早かった。
早かったはずなのに…
「?」
何故か、俺の眼には怒鳴り男の動きがゆっくりに視えた。
それにこの後、どういう動きをするのかも分かった。
懐に潜り込んでナイフで胸を刺して、今度は手当たり次第に体中を狙う。
「……」
そう視えたからこそ、俺は落ち着いたまま持っていた透明窓付きのフライパンの蓋の取っ手を持ち、盾のように構えた。フライパンの取っ手は手のひらで握りやすい作りだから力もしっかり入れられる。
透明窓から視える怒鳴り男の動きに合わせて、
「ふん!」
ナイフの突進をフライパンの蓋で受け流した。
「なああ!?」
ギギギギギギッ!
金属同士が触れあい、音と火花が散っていく。
攻撃を受け流され体勢を崩した怒鳴り男はそれでも無理矢理向きを変えて、もう一度俺へ向かってきたけど、
「はあっ!」
俺はフライパンの蓋を怒鳴り男の顔目掛けて全力でぶつけた。
メシャッ!
「があっ!」
鈍い音と共に怒鳴り男が派手に倒れた。
地面に仰向けに倒れて、歯は折れて、鼻血は流れ、白目になって、だらんとなっている。
「………」
それでも気絶しているフリをしているかもしれないと俺は警戒を緩めなかった。
少し怒鳴り男を視ていたけど、どうやら完全に気を失っているようで、ピクリとも動かない。
「………」
最終確認で【神眼】で状態を視ると【気絶】になっていた。
「ふう…」
俺はようやく息を吐きながら、フライパンの蓋を下ろした。
その時、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
周りから大歓声が聞こえた。
え、なにこれ?
「すっげええ!!あの人、滅茶苦茶強いよ!!」
「まさか、弁だけでなく腕っ節もあるとは…」
「あ、あの盾、ナイフ弾いたし、あの透明な部分から相手の動きも視ていた!あんな物もあるのか!」
「それに、あの人超格好良くない!?あんなにギリギリの戦いだったのに息も乱れていないし!」
「…リーダー、彼を我がパーティーにスカウトするのも有りでは?」」
「奇遇だな。俺もそう思っていた。」
……なんでこんなに盛り上がっているんだろう。
なんか聞いちゃいけない言葉も結構聞こえたし…
「ひひ、アンタも大変だねえ。」
いつの間にか横に来ていた薬草売りのおばあちゃんが面白そうに俺へ言った。
「しばらく休みは返上だね、頑張りな。」
その言葉に俺は猛烈な目眩を感じた。
嘘だろ…
「お願いだから、静かに暮らさせてくれええええ!」
俺の叫びは群衆の声にかき消されていった。