第三十七話 クレーマーを追い詰めました
「…え?」
呆気にとられる三人だけど、俺は最初からそのつもりだ。
「怪我の具合を見せてください。あなた方のお話通りなら、右手は大怪我をしていますよね?なら、傷の具合を確認させてください。」
「そ、それは出来ない!」
怒鳴り男が今度は青白い顔で震えている。
…本当、大丈夫か?
「い、医者から止められているんだ!あ、明日まで包帯を取ってはいけないと!」
「…明日?」
…子供の言い訳だ。
もし、明日まで猶予を渡したら、包帯の下のその怪我一つない綺麗な右手を火傷まみれにして、俺が売っていたボールペンからインクを取り出して汚すんだろう。
さっき、時代劇のご隠居みたいに右手を突き出した時、【神眼】で視させてもらったよ。
『火傷どころか傷も汚れもない右手』を。
それに、勘違いしていませんかね?
俺のターンは終わっていませんよ。
そして、ここからは無慈悲のラッシュタイムだ。
「でしたら、右手を出していただけませんか?」
「な、何を…」
包帯まみれの右手を背中に隠す男に俺は笑顔で答える。
「右手で爆発を抑え込んだなら、インクも相当染みこんでいるはずです。傷にもよろしくないでしょうし、インク落としの薬を使わせてください。」
俺は一度後ろを向いて何かを探すように露店の隅に行き、
「……」
スマートフォンの【収納】から、透明な液体の入ったペットボトルを取り出した。
そのまま周りに見せつけるようにペットボトルを持ち上げる。
「これがインク落としです。ボールペンのインクはこれで簡単に落ちます。問題はインクが着いていない部分に触れてしまうとそれ以外…皮も骨も溶けてしまう事です。」
「なあっ!?」
今度こそ、怒鳴り男の顔から血の気がなくなった。
当たり前か。
だって、インクなんて着いていないんだから。
俺はそんな男に元気に声をかける。
「大丈夫です!怪我をして包帯も着いているなら、インクは包帯にも染みこんでいます。だから、インクが一滴でも着いていれば、右手が溶ける事はありません!」
「おおお!」」と周りがざわざわしていく中、怒鳴り男の表情が明らかに変わった。
「ひ、必要ない…!そんなのは!」
怒鳴り男は逃げだそうと振り返ったが、
「うっ!」
もう手遅れだ。
俺を追い詰める為に人の多い、開店直後を狙ったみたいだけど、その人が今度は明確な意志で男怒鳴りの前に立ちはだかっていた。
全員分かっているんだ。
この茶番を。
怒鳴り男の後ろにいた二人はすでに冒険者らしき人達に囲まれて身動き取れなくなっている。
あれ、なんか見覚えあるな?
「ハイキさん!俺も手伝おう!」
そう言って、別の冒険者が逃げようとする怒鳴り男を羽交い締めにすると、また別の冒険者が簡単に包帯の巻かれた右手を俺の前に出させてくれた。
「アンタのボールペンはとても良い品だ!せっかくだし、そのインク落としの効果是非見せてくれ!」
あ、何日か前にボールペンを買ってくれた人だ!
説明をした時、嫌そうな顔していたけど、次の日にわざわざ頭下げに来てくれたんだよな。
「ありがとうございます。では…」
俺は礼を言って、ペットボトルの蓋を開けた。
無色の液体が入ったボトルをゆっくりと包帯の巻かれた右手に傾ける。
怒鳴り男はそんな様子にまた大声を出した。
「ま、待て!こんな事してタダで済むと思っているのか!?ぶっ殺してやる!!」
「……」
「おい、本気だぞ!お前の顔は覚えた!絶対に絶対にぶっ殺してやる!!!」
「………」
「や、やめろおおおお!嘘だから嘘なんだ!ボールペンが爆発したなんて嘘だ!」
「…………」
「頼む!謝る!悪かった!魔が差しただけなんだ!二度とこんな事はしないと誓う!だから!」
「……………」
「ごめんなさい!申し訳ありませんでした!お許しください!いやだいやだいやだ!」
「………………」
俺は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている怒鳴り男の後悔の顔を見て
「へっくしょん。」
くしゃみと同時にボトルに残っていた液体を全部右手にぶっかけた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
その動きに思わず冒険者の人達も男を離してしまうが、怒鳴り男は叫びながら地面を転がり回っている。
「手が俺の手があああああああああああああ!!」
液体を少しでも離そうとする為か、怒鳴り男は濡れた包帯を乱暴に取ると、そこには【神眼】で視た通りの綺麗な右手が現われた。
「ああああああああああああああ!」
周りの客も冒険者も誰もがその右手を見る中、当の怒鳴り男だけはそんな事を気にする余裕はない。
「さて…」
半狂乱で右手を服に擦りつけて拭く怒鳴り男を無視して、俺は転がっていたフライパンを用意していた露店のテーブルに置いた。
そのまま透明窓付きのフライパンの蓋を拾って、俺はちょっとだけ液体の入ったボトルを口に着けると、
ゴクリ
「ハイキさん!?」
全員が息を呑む中、中身を勢い良く飲み干した。
周りにいた人も冒険者も怒鳴り男さえ、注目する中、俺はペットボトルを口から離して一言
「あ、これただの水です。ごめんなさい。」
そう頭を下げた。