第三十五話 クレーマーが現われました
商売をやっていたら、いつかクレーマーと出会う。
そんな事は現代日本で身を持って知っていた。
なんせ違う人のクレームが連発で来たし、俺がまともに反論出来ないと分かると毎日のようにほぼ八つ当たりで来ていた人もいたからな。
俺の接客に問題があるならともかく、途中から「お前のようなゆとり教育が…」とか全く関係ない事言い出してたし。
…ともかく。
頭では分かっていても、そんな日が来ない事を願っていた。
でも、やっぱりと言うか…
来ました、クレーマー。
それも休み明けで店を開いた直後に。
並んでいる人を押しのけて…
「聞いてんのか、ああ!?」
怒鳴り声を出しているのはこの異世界で視ても柄の悪そうな若い男三人組。
多分、二十歳ぐらい?
モルス達よりは弱そうだけど…
一人が怒鳴って、後ろ二人はニヤニヤしている。
…クレーマーと言うより、チンピラかな?
大きな武器は持っていないし、冒険者っぽくは見えない。
服もそれなりに使い込んでいるのか、色が大分褪せているな。
俺は出来るだけ静かな表情のまま、座った状態でもう一度繰り返した。
「私の店で買った商品に欠陥があった…それは分かりましたが、具体的には何の商品でどういう欠陥でしょうか?」
まあまあ注目されているお店のトラブルだけあって、買い物客や他の店の人達もこちらの様子をうかがっている。
元々、変な対応をするつもりはないけど、人の目がこれだけあると無駄に緊張する。
クレームか…
念のために言っておくと、俺は売る商品はあらかじめ全てに【神眼】を使って問題がないかを確認している。
売る直前もだ。
それに気をつけないといけない物は渡すときに注意をしているし…
今まで売った商品に異常はなかったけど、万が一もある。
まずは話を聞いてみないと。
俺の言葉に怒鳴ってきた男が右手を突き出した。
指の一本一本を包帯でぐるぐる巻きにしていて、いかにも重傷という感じだ。
「お前の店で買ったボールペンが爆発したんだよ!詫びに金とテメエの店の物全部寄越せや!」
「………は?」
つい、そんな声が出た。
ボールペンが…爆発?
いやいや…何言ってんだこの人。
「何言ってんだこの人。」
「あああ!?」
「…失礼しました。」
…あまりの嘘に心の声が出てしまっていた。
…だけど、分かって欲しい。
『ボールペンが爆発した』なんて無茶苦茶な事を言われればこうなるよ。
あと、爆発する可能性のある物なんて一つも売ってないから。
売り物はボールペンやコピー用紙なんかの文房具に、フライパンや包丁の調理器具で、火が着いたり、爆発する物なんて何もない。
「ボールペンが爆発したと…どういう状況で使っていた時ですか?」
俺の言葉に男は待ってましたと言わんばかりに、周りにも聞こえるぐらい大声を出した。
「昨日、街の外で地図の書き込みをしていたら急に爆発したんだ!おかげで大事な片手剣は壊れるし、この大怪我だ!こいつの店は危険だ!!」
わざとらしさをその声に感じるけど、内容はたくさんの人に聞こえたようだ。どよめきが広まっていくのを感じる。
「さあ、どう落とし前着けるんだ!?お前の持ち金と物全部でも足りねえぞ!!」
さっきは『全部寄越せ』って言っていたのに、今度は『足りない』か…
「………」
黙り込んだ俺を見て、勝ち誇ったような顔をしている三人だけど…
気づいていないのかな?
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「おう、言ってみろや?」
勝ちを確信しているからか、今度は怒鳴り男も機嫌が良い。
…色んな意味で大丈夫か、この人?
情緒不安定じゃ…
まあ、いいや。
「爆発したのは昨日とおっしゃっていましたが、服も昨日と同じだったんですか?」
「当たり前だろ、何聞いてやがる?」
「じゃあ、壊れた剣は今どこに?」
「爆発で折れたからとっくに処分済みだ!まだあるのか!?」
服は同じで、剣は折れた…
…よし。
確かに聞いたぞ。
…正直嫌だ。
こういう相手は何を言っても絶対に納得しないし、いくら証拠を出しても自分が不利になる物を認めない。
そんな相手なんて疲れるだけなのに、面倒なのは大声で周りの不安を煽っている事だ。
これじゃあ、放っておけば客足が途絶えるし、同じ手を使う人も出てくるかもしれない。
早めにスパッと解決しないと今後の商売に影響は出る。
材料は揃ったし…
…反撃開始だ。