第三十二話 家を借りるのは大変なようでした
早めに更新すると書いておきながら音沙汰なく申し訳ありません!
それと日間ランキングで300位以内に奇跡的に入っていたようです!
本当にありがとうございます!
「ハイキ様…今、無職ですよね。」
「…そうなりますね。」
確かに無職だ。
商業ギルドに登録したけど、実際の商売は何一つやっていない。
…え、でも異世界でも関係あるの?
無職じゃ家借りられないの?
審査あるんですか?
…まさか、保証人が必要なんですか!?
俺の不安が顔に出てしまったのか、サイラさんは慌てたように手を振った。
「すみません、不安を煽るような事を言いまして!無理と言ったのは『家を借りる』事ではなく…」
「…なく?」
「ハイキ様の望む家を借りる事が無理とお伝えしたかったのです。」
その後のサイラさんの説明をまとめるとこう言う事だった。
家を借りる事自体は誰でも出来るし、無職でも問題はない。
管理している人と話し合い、お互いに納得出来ればそれで終わり。
面倒な手続きもなく、せいぜい役場に書類を一枚提出するぐらい。
家賃に関しては敷金や礼金などもなく、提示された金額を管理している人に払うだけでいい。
お金の代わりに労働力や別の仕事を頼まれる事も珍しくはないけど、それも双方納得済みなら問題はない。
「ですが、それは家を借りるだけの話です。ハイキ様の望まれる家を借りる場合は違います。」
そもそも俺が家を借りる目的は安心してお風呂に入る事だ。
そこがまずダメだそうだ。
「他の街は分かりませんが、ユーランの一般的な家はお風呂に入るような造りがありません。部屋も多くて寝室とリビングの二部屋のみ。魔石内蔵式浴槽四号を使える場所は存在しません。」
どの家も木造式がほとんどなので、寝室を無理矢理浴室代わりに使えばそんなに遠くない内に木が腐り、臭いや虫が出る原因になってしまう。そうなったら物件の価値が下がる事にもなるようで、床の修理代だけでは済まない。
「それに、もし床の問題を解決出来たとしても別の問題があります。」
その原因となっている物が魔石バスタブだ。
お風呂は貴族の家にしかない高級品がこの世界の常識。
その上、この魔石バスタブはサイラさんの作った特別製だ。
保温だけじゃなくて、バスタブだけでお湯も水も出せて温度調整も出来る。
貴族の家にあるお風呂は何人も入れるほど広いけど、保温性のみしか機能がない。水やお湯は別の魔道具を使う事が当たり前だそうで…
つまり…
「魔石バスタブは貴族の人から見ても盗んでも惜しくないほどの超高級品って事ですか。」
俺の言葉にサイラさんは顔を赤くしてうなずいた。
「…お恥ずかしい事ですけど。魔石内蔵式浴槽四号は元々、ある貴族の方からご依頼を受けて造っていたのですが…いつの間にか没落されていたようで、試作機は完成したものの、受取手がいないまま保管していたのです。」
ちなみに試作機とサイラさんが言う理由は、『依頼人から合格を言い渡されていない』為らしい。この話自体、何年も前の話でサイラさんも俺が相談を持ちかけるまで魔石バスタブの存在は忘れていたそうだ。
…話が逸れたので、本題に戻すと。
誰でも借りる事の出来る家に貴族も欲しがるような魔石バスタブが置いてあると分かれば、すぐに盗まれるだろうし、それを防ぐセキュリティも存在しない。あるのはせいぜいカギくらいだし、変に細工すると逆に目立ってしまう。
魔石バスタブの存在を隠そうとしても、家から大量の湯気が出ている事が分かれば、お風呂があると周りに言っているようで。
ユーランには選民思想の貴族もいるようなので、最悪殺される事もあるらしい。
…マジですか。
結局どうしようと俺が考えた三つの条件、
・安全である事。
・人が来ない事。
・心から安心出来る事。
は無理と言う事だそうだ。
「………」
言葉も出ない。
たかが、お風呂に入ろうとするだけで命の危険を考えないといけないなんて…
…どうしよう。
何かいい手はないのかな。
……
…あれ?
俺は最初の疑問を思い出した。
「サイラさん、俺が無職な事と今までのお話は何も関係なかったように感じるんですけど…」
と言うか、話題にすら出ていない。
なら、何が…?
「今、お伝えしたのは誰でも借りられる家の話です。」
サイラさんはそう言って、にっこり笑った。
「安心してお風呂に入れて、安全に静かな家…ハイキ様の望む家を借りる方法はあります。」