第二十七話 予想外の答えでした
「なるほど…そういう事ですか。」
サイラさんは俺から事情を説明されると、腕を組んだ。
組んだ腕に大きな物体が乗…
平・常・心!
何も見ていない!
山…はない!
今はそういう状況じゃない、落ち着け、落ち着け…
なんか異世界に来てから現代日本にいた時と少しキャラが変わってきている気がする。
いいか、ハイキ…常識を持って行動するんだ。
この異世界で変態の名を背負うには早すぎるし、危険過ぎる。
ラブコメ展開は死亡フラグだ。
よし…
では、改めて…
俺はサイラさんにこう説明していた。
お風呂に入る為に大量のお湯を用意出来る魔道具か、何回かに分けてもいいので出来るだけたくさんお湯を用意出来る魔道具がないか?
あるならすぐに買いたいし、もしないならどうにか造って欲しい。
当然だけど開発にかかる費用はこちらが負担するし、出来上がった魔道具にもサイラさんが言った値段を払う。
って…言ったんだけど…
俺は内心焦っていた。
フーさんが言うにはサイラさんは一度開発にのめり込むと後先考えない人らしい。
開発費だけでとんでもない額になってしまって、貴族でも手が出せない値段になった物も数え切れない程あるとか。
もし、開発費が所持金…大金貨三十枚でも足りなかったら…
商業ギルドの講習でもあったけど、借金の返済が不可能と判断された場合、奴隷になる事もあるんだっけ…
それはそれでまずすぎる…
「…………」
考え込んでいるサイラさんを視て、俺は情けないと思いながら予算を伝える事にした。
「…あの、予算は出来れば大金貨十枚――――。」
「お風呂なら以前作った試作機がありますけど…ご覧になられますか?」
予算がこれ以上増える事はなさそうだ。
俺はほっとしながら、大きくうなずいた。
「是非お願いします!」
「はい。では、こちらに着いてきてください。」
サイラさんはそう言って、俺が入ってきた店の入り口から外に出て行った。
「え?」
すぐに追いかけると、サイラさんは今の今までいた自分の店の隣…寂れた空き家のドアに手を当て、そのまま中に入っていった。
「ちょ、サイラさん!?」
不法侵入では!?
そう思いながらも俺も中に入ると、サイラさんは空き家の奥の一画で立ち止まり、俺へ振り向いた。
「こちらが試作機でございます。」
そのまま俺が視たのは、
「え、これ…」
白いバスタブだった。
ホテルとかにある大人一人が寝そべる事が出来るくらい大きなバスタブ。触ってみるとスベスベして肌触りもいいし、深さも充分にある。
現代日本にあってもおかしくないバスタブだ。
しっかり、水を抜く栓まであるし。
「こちらが一人用のお風呂、魔石内蔵式浴槽四号でございます。属性の違う魔石を複数掛け合わせる事で、中に入っている水の温度調整を自在に出来ます。浴槽に使っている素材は保温性の高い貴重な白い石材を使い、魔石の魔力が身体に害を与えないようにする特殊なコーティングをしています。」
「………」
「水はご自分で用意していただくのが一番ですが、内蔵した魔石により水を呼び出す事も出来ます。その場合、魔石の魔力消費は通常の十倍近くになりますので、魔石の交換時期も早くなってしまいます。具体的には五年は使える物が二年ほどになると思ってください。」
「………………」
「それと…魔石内蔵式浴槽四号の注意点としてはその重量です。大きさは人一人が入れるほどですが、石材を使っている為、水を入れない状態で重さは約二百キロ。肩が浸かるまで入れれば三百キロは優に超えます。丈夫ではありますが、不安定な場所での使用は向いていません。」
「………………………………」
「ええと、ハイキさん?何かご不明な点がありましたか?」
サイラさんは不安そうな顔で俺を覗き込んできた。
「え、いやいや!ちょっと考えが甘かったなって…」
俺はそう答えながら、目の前のバスタブ…魔石内蔵式浴槽四号を視て、もう一度考えをまとめていた。
サイラさんの説明に問題はなかったし、何より分かりやすかった。
俺はお湯をたくさん沸かせる魔道具を考えていたけど、そもそも大量のお湯を沸かすには大量の水が必要になる。
当たり前の事だった。
昨日手に入れた簡易バスタブとお湯だけを考えていたせいで、水の問題を忘れていた。
【収納】にいくらでも水が入るとしても、その水を毎回用意するには骨が折れる。
水辺がない所に行くつもりはないけど、同じ場所から水をたくさんとっていけば他の人達が水不足で困るかもしれない。
それに強度なんて考えもしなかった。
確かに簡易バスタブはビニールで造られているし、元々が室内用だ。
地面に尖った物が置いてあったりすればすぐに破れてしまうし、破れなくてもバスタブの底ビニールなら座ったときに地面のゴツゴツした感じが直に伝わるだろう。
そんな状態でゆっくり入浴出来るかと聞かれたら…
考えれば考えるほど、簡易バスタブよりも目の前の魔石内蔵式浴槽四号に心が惹かれていた。
水の心配もなく、温度調整も出来て、頑丈。
【収納】を使えば重量は気にしなくていいし。
さすがに小鳥の宿では使えないけど、これなら外で使っても大丈夫だろう。
…帰ったら安全な場所をフーさんに教えてもらおう。
それにしても…
本当に凄いな、サイラさん。
まさか、こんな魔道具を造れるなんて。
試作機って言っていたけど、そんな代物がこんな空き家に置いてあるなんて…
……あ。
俺はすっかり忘れていた最初の疑問を思い出した。
「あの、サイラさん?ここって空き家…ですよね?どうしてサイラさんの試作機がここに?」
魔石内蔵式浴槽四号の衝撃で頭から飛んでいたけど、これは確認しておきたい。
もしかしたら、家主さんに頼んで使わせてもらっているのかもしれないけど…
扉を開ける時にカギを使っている様子は見えなかったし、外見もお世辞にも物を保管しているようには思えないぐらい寂れている。
本当に無許可で使っているのかもしれない…
フーさんからサイラさんについて聞いていた俺はそう考えていた。
「ああ、それはですね。」
俺が緊張しながら待っていると、フーさんは笑顔で答えてくれた。
「この空き家が私の所有物だからです。」
「……え?」
予想を超える答えで。
「正確には隣とその隣の空き家も私が所有しています。」
「はい?」
訂正。
予想三倍超えだった。