第二十四話 異世界でレトルトカレーを食べました
夜の星空をゆっくり眺めたのはいつ以来だろう。
さっき買った椅子に座ったまま俺は考える。
現代日本と違って、排気ガスとは縁がないからか、星空がとても綺麗に見える。日本の冬は空気が澄んで星の光がよく見えるとは聞いたけど、この世界ではそうでもないらしい。
この場所…俺が【破壊と再生】の実験をしていた森の近くには街灯もないから、余計に星が見えるだけかもしれないけど。
ちなみに、今は『ランタン魔道具』のおかげで俺の周りは何か落としても分かるくらいには明るいです。
「………」
森には相変わらず人の気配はないし、不穏な空気も感じない。
スマートフォンの【治安情報】アプリも【危険察知】も反応はない。
聞こえるのはただ、ただ…
ボーーーーーー!!
携帯コンロ型魔道具の激しく燃える炎の音と、その上に置かれた鍋の中の水がグツグツと沸騰する音だった。
鍋の中には目的の物…『レンジでチンするお米』がすでに入っている。
「そろそろかな。」
俺は【廃棄工場】からあらかじめ出していたもう一つの物を鍋に入れて、スマートフォンで時間を確認する。
あと、五分だ。
「いや~、それにしても…」
この携帯コンロ型魔道具とても使い勝手がいい。
中金貨五枚…五十万円はしたけど、その価値は充分にあった。
使い方はカセットコンロと同じで、違うのはガスの代わりに【魔石】を使っている事だけ。
【魔石】はモンスターを倒すと出てきたり、採掘場所で見つかる物らしいけど、種類や質によっては大金貨での取引もされるとか。
この携帯コンロ型魔道具…長いからコンロ魔具と呼ぶけど、これに使われている【魔石】は質がとてもいいらしく、最大火力でほったらかしても一ヶ月は消えないらしい。
その代わり、【魔石】の値段は中金貨一枚とか…
まあ、この火力なら問題はないし、幸いにもお金はあるからね。
「っと、どれどれ?」
スマートフォンで時間を見ると、ちょうど五分が経っていた。
俺は街で買っていた木の皿とスプーンを【収納】から取り出して、鍋に浮かんでいる『レンジでチンするお米』に狙いをつけた。
この『レンジでチンするお米』は電子レンジを使うなら、ビニール蓋を開けて二、三分で出来るんだけど、湯煎なら蓋は開けないまま十五分以上熱湯で暖める必要がある。
沈まないでずっとプカプカ浮いているからスプーンをうまく使って、火傷しないように鍋から引っ張り上げる。
ビニール蓋を開けると、ふわっとした懐かしい香りに泣きそうになる。
「ごくり…」
何とか耐えてそのまま木の皿に中身を移して、スプーンでほぐすと電子レンジで温めた時よりも粘り気が強い気がした。
これはいい!
そして、いよいよだ。
もう、我慢の限界だった。
この世界に来て一週間。
待ちに待った…!
飢えは抑えられない。
これ以上ごまかせない…!
俺は、俺は…!
「俺は、忍耐を止めるぞおおお!」
上々!の気分でと思いながら、俺は沸騰した湯に入れていた物…レトルトパウチを火傷しないように慎重に取り出す。
そのままお湯を切った後、
「ふはははは!最高に『ハイ!』ってやつだ!!」
変なテンションのままレトルトパウチを切り、皿に盛っていた白いご飯に中身をたっぷりとかける。
茶色いどろりとした中身とその具材を見ただけでお腹の音が鳴る。
食欲をそそるスパイシーな香りがすぐに鼻に届くと、もう止められなかった。
目の前にあるのは待ちに待ったお米!
そして!
現代日本の技術で造られたカレー!!
最高のベストマッチだ!!!
「いただきます!」
俺はスプーンで熱々のカレーライスを…一週間ぶりのお米を思いっきり味わった。
「…っぁ!」
言葉にする時間も惜しかった。
ただただカレーの味を、熱々のお米の食感を噛みしめる。
湯煎したからかレンジで温めるよりもちもちしたお米とカレーのほどよい辛み、それにごろりとした柔らかい肉が最高!
ジャガイモとにんじんは小さいけど、これがレトルトカレーの醍醐味だ!
俺は辛いのは得意じゃないけど、カレーの中辛までは食べられるんだよね。
飲み物は女神様からもらっていた水がまだたくさんあるから問題なし!
ほどよく冷えているし、ペットボトルだから一気飲みも出来る!
福神漬けも欲しいとこだけど、残念ながらそれはない。
でも、お米が食べられるだけで充分だ。
念のために言うと、レンジでチンするお米もレトルトカレーも(賞味期限間近)で廃棄予定になっただけだから、味や衛生面に問題はない。
保存が長い食べ物って賞味期限がある程度近づくと廃棄されるらしいからね。
【神眼】で視ても危険性は見えなかった。
「あああ~~~~。」
星空の下で熱々のカレーライスを食べる。
まるで、キャンプに来たみたいだ。
「…ソロキャンプか。」
興味なかったし、やる予定もないけど、多分こんな感じなんだろうな。
俺は食べ終わったら帰るけど。
「………」
いつの間にか空になっていた皿に気づいた俺は、もう一度カレーと『レンジでチンするお米』を用意していた。
二回目も味を変えたりしなかったけど、飽きはしなかった。
お米ってほぼ毎日食べているのに飽きたとか思わないし。
ここは育ちの影響かな。
森で食べる…いや、異世界で一週間ぶりに味わう現代日本のカレーはとてもおいしかった。
ここは誰も来ないし、定期的にここで色々食べるとしよう。
『レンジでチンするお米』やレトルトカレーの入っていたゴミを【廃棄工場】に戻して…
「…そうだ。」
この何日かで新しく作った【処分品】の項目に眼を通す。
菓子パンの袋やもうどうやっても使えない物…ゴミは今、この【処分品】にまとめていた。
襲撃とか万が一を考えて、【処分品】はそのままにしていたけど、もう残す必要もなさそうだ。改めて確認しても使えそうな物はない。
俺は液晶画面の【処分品】を選択すると、【廃棄処分】の実行を押した。
これでゴミ処理も完了ーーー
ピンポーン!
「うえ!?」
インターホンのような音が聞こえて、つい大きな声が出てしまった。
すると、出しっ放しだった【廃棄工場】の画面に文字が浮かんだ。
『【廃棄工場】がレベルアップしました。
以下の取り扱い品が増えます。
・生活用品
・調理器具
現在のレベル…2』