第二十三話 そろそろ限界でした
小鳥の宿の食事はおいしい。
現代日本の料理と比べると少し味が物足りないと思う時もあるけど、それは現代日本で当たり前の調味料がほとんどないからだろう。
そう考えれば、フーさんの言っていた『料理目当てで泊まる人もいる』は充分に理解出来る。
毎回出てくるスープの味はしっかりしているし、日替わりで種類や味も全然違う。
自分で料理するよりはずっといい。
朝食は黒パンとスープ、昼食は黒パンとスープと軽い一品、夕食は黒パンと朝とは違うスープ、それに肉か魚料理。追加料金を払えば別に料理も作ってもらえる。
下ごしらえから丁寧にしていて、どれだけ忙しい時でも手を抜かない。
それがこの小鳥の宿が人気な理由の一つなんだろうな。
ただ…
それでも…俺はもう限界だった。
「はあ…」
街の噴水広場でため息をつきながら俺はぼんやりと空を見ていた。
異世界に来てなんだかんだで一週間が過ぎていた。
あれからモルス達が襲ってくる事もないし、変なトラブルに巻き込まれもしない、穏やかな日が続いていたけど…
「ああ~~…」
雲一つ無い青空に対し、俺の心はどんより雨模様だった。
お昼時、人が集まる噴水広場だけあって、みんな屋台の料理やお弁当を持ってきている。
仲の良さそうなカップルや、談笑している冒険者、のほほんとしている老夫婦…
香ばしい香りの串焼きや熱々のスープ、ジュウジュウと音が聞こえる揚げ物、瑞々しい色のサラダ…
それと一緒に誰もが食べているのは…
「はあああ~~~~…」
黒パンだった。
もう見たくないほどの黒パンだった。
黒パンはこの世界の主食みたいなもので、どんな料理、お弁当にも欠かせない物として存在している。
パン屋さんもあるけど現代日本のパン屋さんとは比べものにならないほど種類は少ない。
フーさんが言うには、『色んな種類のパンを売るよりも黒パンだけをたくさん作ったほうが儲けになる』らしい。
黒パンはコストが少ないけど、需要は多い。
冒険者や旅人、それに食事付の宿屋など…
小鳥の宿の黒パンも毎日、契約したパン屋さんが作っているそうだ。
『パンは手間がかかるから、作るのは大変なの。だから、貴族向けはともかく普通のパン屋さんは黒パンだけしか作らないんだよ。』
甘い菓子パンは作れなくはないけど、どうしても値段が黒パンよりも上がる為、作ったところでそんなに売れないとか…貴族やお金持ち向けらしい。
そういうわけでジャムパン、あんパン、メロンパン、クリームパンは大衆向けにそもそも作られていない。
そして、女神様から最初に聞いた通り、カレーパン、焼きそばパン、ホットドッグ、ハンバーガーに至っては存在すらしていないらしい。
最初は大丈夫と思っていたけど、これは経験してみると想像以上にダメージが大きかった。
とうとう黒パンを視るのも嫌になって、部屋でこっそり菓子パンを食べていたけど…
俺が食べている菓子パンはいわゆる作り置きみたいなものだ。
贅沢だと思うけど、今、食べている菓子パンはコンビニなどで売られていた(潰れ)のパンで、パン屋さんの焼きたてのパンは【廃棄工場】にはない。
大量生産された冷めたパンにも身体が拒否反応を出し始めていた。
電子レンジがあれば少しは違うだろうけど、そもそもこの異世界に日本の電化製品を動かせるピッタリな電力はないし、あっても今の【廃棄工場】に電子レンジはない。
部屋でカップ麺を食べようとも考えたけど、カセットコンロのような熱湯を沸かす設備は部屋にないし、【廃棄工場】にもなかった。
…フーさん達に頼んで熱湯を用意してもらう選択は最初から考えていない。
…なんとなくだけど、カップ麺の存在はまだ誰にも隠しておくべきだと思った。
お湯を入れて三分で出来上がる食べ物ってそれだけで充分すごいし、鼻がいい人なら匂いですぐに気づくだろう。
それに今、食べたい物は別だ。
日本人の主食…米が食べたかった。
朝はパン、昼と夜は麺や米を食べてきた俺に三食パン生活はきつかった。
この地獄のようなパン生活から抜け出す為、米についてフーさんに聞いてみたけど、
「コメ?なにそれ?」
この反応だった。
どうもこの世界には米文化はないらしい。
その結果、俺はこの噴水広場でため息をひたすらつく事になっていた。
「はああ~~~…」
何度目かのため息をつきながら、俺はどうにもならない状況を嘆くしかなかった。
…実は米だけなら見つけている。
【廃棄工場】には確かに米はあった。
でも、あったのは電子レンジを使う前提で作られた米だ。
注意書きにも『生で食べたらダメです』と書かれていたし、湯煎しようにもたき火じゃ火力が足りないだろう。
あの手のタイプは中途半端な加熱をすると、味も落ちるし、生で食べるのと変わらないのでお腹を壊すそうだ。
「はああああああああああ~~~~~~~~…」
またなが~いため息をつきながら、俺はなんとなく並んでいる屋台や露店に眼を向けた。
炭火で焼いている串焼き、暖かいスープ、それにカラカラと揚げられている揚げ物…
「?」
…揚げ物?
俺はそのまま【神眼】で揚げ物の屋台のある部分を視て、
「あああ!?」
大声を出していた。
周りから注目を浴びて慌てて俺は頭をあちこちに下げた。
そして、そのまますぐ立ち上がり、小鳥の宿に走った。
********
「あ、おかえりなさい。ハイキさ、ん?」
ズカズカとフーさんに向かい、顔を近づける。
「え、ちょ…ハイキさん!?」
フーさんの声が裏返って顔が赤くなっているけど、俺はもうそんな事を気にする余裕はなかった。
「………フーさん。」
「は、はい…!」
じっとフーさんの綺麗な眼を見つめた俺は大きく息を吸い込み、
「高火力の火を起こす魔道具について教えてください!」
二歩下がってビシッと頭を下げた。
「………」
呆気にとられているのは視なくても分かっている。
火を起こす事は旅の必要な…いや、最低条件だ。
『今までどうやって旅してきたの?』と聞かれるかもしれないけど、それはいい。
今の俺に必要なのは『高火力の火を起こせる魔道具』だ。
さっきの揚げ物の屋台はその場で揚げ物をしていた。
宿や店の備え付けじゃない簡易的な屋台が揚げ物が出来るくらいの強い火を使っていた。
【神眼】ではっきりと視たけど、火の勢いはガスコンロと変わらなかった。
それだけ火力の高い火が使える魔具があるなら、それさえあれば…!
魔道具についても問題はない。
魔道具については、商業ギルドでの講習『魔道具の販売について』で習っていた。
魔力を流せば、あらかじめ仕込まれた魔法が発動する道具。攻撃的な物もあれば、生活や旅に役立つ物もあるらしい。
宿の手伝いで色んな人の話を聞いているフーさんなら、火を起こす魔道具にもオススメがあるんじゃないかと思って、聞いてみたけど…
「…頭を上げてもらいませんか。」
なんでだろう…
なんかもの凄く怖い声が聞こえるんですけど…
「は・や・く…!」
あ、なんかやったわ。
そう思いながらもゆっくり顔を上げると、
「ハイキさん…?」
フーさんがにっこりと…笑っているけど、笑えない表情で俺の肩を叩いた。
「まずですね…ゆっくりお話をしましょうか…!」
…なんか、別の火を着けてたみたいです。