第二十二話 後悔はしませんでした
全然意味が分からなかったので女将さんの話をまとめるとこういう事だった。
この世界にはギルドという大きな組織がいくつかあって、試験に合格する事でギルドへの登録が出来る。
その時にギルド所属の証として、ギルドカードというカードを渡される。
ギルドカードはどの街でも通用する身分証みたいなもので、持っているだけで街への入場料が免除されたり、色々な点で優遇されるらしい。
商業ギルドの場合は、露店なら役場での申請や手数料を払わないですぐに商売出来るそうだ。
女将さんが言うには、役場で申請すれば露店の商売は出来るけど、場所がかなり制限されるし、手数料もそれなりにかかる。それに商売する日にちも決められていて、長期的に見ればギルドに所属した方が儲けは大きい。
それだけでもギルドに登録する価値はあるけど、一番はもう一つの理由だ。
ギルドに所属していればモルス達も今後、迂闊に手出し出来ないそうだ。
「ギルドは互いに不可侵を決めていてね。もし、冒険者ギルドに所属している人間が他のギルドの人間を私的な理由で襲えば、そいつはギルドカード剥奪な上、通常よりも重い罰が下されるのさ。」
モルスが冒険者ギルドには登録しているか分からないけど、女将さんが言うにはそれも問題ないらしい。
「さあ、善は急げさ!いってきな!」
と、最後の説明は省かれ、俺は商業ギルドへの道を教えられ、向かう事になった。
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それが今朝の話。
商業ギルドの建物の大きさに驚いて五分くらい門の前で立ち往生していたけど、どうにか試験を終え、俺はギルドカードを手にしていた。
試験は簡単な計算問題だけで、ほとんどの時間は講習だったので、疲れもそこまではない。
…緊張はしたけど。
「…あ。」
冒険者らしい四人組とすれ違い、つい眼で追ってしまった。
大きな剣、魔法使いの持つ杖、頑丈そうな鎧…
それらを纏って、颯爽と歩いて行くその姿は自分がゲームでよく視た冒険者そのものだった。
ふと思った。
冒険者ギルドに登録しなくてよかったのかと。
剣と魔法の世界を一番味わえる…異世界物語なら定番の選択をしなかった事を。
…後悔していないかと。
「…………」
少し考えてすぐに答えを出す。
「…なんとも思わないな。」
そうつぶやいて、自分の手を見る。
…昨日の一件で改めて分かった。
俺はあの時、モルス達に【破壊と再生】を使おうとは全然思わなかった。
モルス達にぶつけた物も当たって怪我をする目覚まし時計じゃなくて、あんパン(危険)のように大怪我をさせない物を選んでいた。
異世界物語ではよく【スキル】を持った主人公がいきなり人に【スキル】を使って、盗賊を倒したり、身を守る為に殺したりしているけど…
俺には出来なかった。
【廃棄工場】には目覚まし時計だけじゃなくボールペンみたいに速い速度で当たれば、もっと簡単に無力化できる物もたくさんあった。
それでも俺は迷わずあんパン(危険)を選んでいた。
「…俺は勇者にはなれないね。」
なろうとも思わないけど。
ゲームみたいに世界の平和を守るなんて荷が重すぎる。
自分の事だけで手一杯だよ。
そう考えながら小鳥の宿に戻ると、女将さんとフーさんがドタバタと走ってきた。
「どうだった!?」
「どうでした!?」
興味津々の二人に商業ギルドのギルドカードを見せると、
「よくやった!」
「おめでとうございます、ハイキさん!」
二人は笑顔で祝ってくれた。
「…ありがとうございます。」
お礼を返し、もう一度ギルドカードを見る。
勇者になる気はないし、なろうとも思わないけど、知り合った人を悲しませない人間ではいよう。
それが、夢への第一歩。
…静かに暮らす一歩だ。