第十六話 なんか凄そうな人に会いました
今日で連載一ヶ月目です!
いつも読んでくださっている方、初めましての方もどうかこの物語にお付き合いくださいませ。
ブックマークと評価もありがとうございます!
不定期更新(週二か三予定)ですが、これからもよろしくお願いします!
森を出た時にはすでに日が傾いて、俺は来た道を引き返していた。
【スキル】としては【破壊と再生】の無音発動、範囲調整をマスターだけど、それ以外の収穫もあった。
色々な場面を想定して、実験をしたから当然と言えばそうだけど…
修理済みの物がかなり増えた。
【破壊と再生】の発動は一秒もかからないし、材料も【廃棄工場】からいくらでも取り出せるので、気づいたらかなりの数の物が散らばっていた。
【収納】に全部入れたけど、ボールペンだけで三十本はあるし、キャラ物目覚まし時計以外にも、色んな物を直していたら爆音目覚まし時計まで直してしまった…
…爆音目覚まし時計なんてよくあったよな。
まあ、それだけたくさん物があったから【収納】の特性…俺の目の届く範囲なら自由に出し入れ可能なのも分かったんだけど。
帰り道は遠いけど、これから何をするかもなんとなく見えてきたし、出かけた甲斐は充分あった。
そう考えて歩いていると、暗くなってきたからか昼間、人がいた畑にはすでに誰もいなかった。
あのおじさんにお礼を言いたかったけど、また別の日にしよう。
そのまま俺は農業地を抜けて、小鳥の宿の方向へ向かいながら、ある事を思い出していた。
『この道は夕方になると混み始めるから、早めに行くか、少し遠回りした方がいいよ。』
小鳥の宿と農業地のちょうど中間地点の道。
フーさんが注意してくれた場所がそこだった。
混雑と言っても大した事はないだろうと俺は考えていた。
車の渋滞でもないし、少しくらいなら平気平気。
…そんな気持ちは目前の光景に打ち砕かれた。
「…なにこれ。」
大通りは人が歩けないほど混雑していた…とかではなく、
「邪魔だこの野郎!」
「うるせえボケナス!」
「テメエらまとめてこいやあ!」
大混雑じゃなく、大乱闘だった。
十人くらいの男達が殴り合って、叫んでいる。
しかも通りかかる人も片っ端から巻き込んでいったり、自分から飛び込んだり、もう収集がつかなくなっている。
俺が来て一分足らずで乱闘者の数は倍以上になってるし…
「あちゃ~、ちょっと遅かったか…参ったね。」
俺の後に来た白い帽子…おしゃれハットってやつ?を被った若いお兄さんがそう漏らして、ため息をついていた。
「あ、あの…これ、なんですか?」
コミュ障が発動するけど、今はそれより何が起きているか知りたい。
このお兄さんの言い方だと、この光景は今日だけって訳じゃないみたいだし。
帽子のお兄さんは俺の様子を見ると、納得したような顔をした。
「君は冒険者じゃないのか。この道、酒場と冒険者の装備店が集まっているんだよ。ちょうどこの時間は依頼帰りの人間も多いから、酔った勢いで一つケンカが始まると、それに当てられてこの有様さ。ここの名物みたいなもんだね。」
そう説明するお兄さんは俺より一つか二つ上にしか見えないのに、とても落ち着いていて、大人びて見えた。
…いや、それより、
「…名物って。」
酒に酔ってケンカって…現代日本でもよくあったけど、俺は酒飲まないし、飲んでも一口ぐらいだったから分からない。
そもそもケンカする意味あるの?
「冒険者は舐められたら終わりだからね。ここのケンカは夜中まで続くから、巻き込まれたくないなら気配を消して進むか、遠回りするといい…じゃあ、気をつけてね。」
お兄さんがそう別れの挨拶をして足を踏み出した瞬間、
「…え?」
お兄さんの気配が消えた。
例えとかじゃない。
今の今まで目の前にいたはずのお兄さんの姿がどこにもなかった。
「!?」
周りを見てもそれらしき人影はいない。
お兄さんのように帽子を被っている人はどこにも見えないし、最初からいなかったように痕跡がなかった。
「…!」
俺は思わず【神眼】を使っていた。
【神眼】を使い、周囲を見回しながらお兄さんの白い帽子を探すと
「…あ。」
すでにずっと先…大乱闘の中を歩いているお兄さんの姿が見えた。
お兄さんは帽子のつばを抑えながら、殴り合う冒険者達の横をそのまま通り過ぎる。ケンカをしている冒険者達も、通りかかる人も誰もお兄さんに目もくれない。
たまにケンカで飛んできた物がお兄さんに当たりそうになるけど、お兄さんは軽く身をひねるだけで何もかも躱していくし、人にぶつかりそうになっても歩く速度を落とさないで避けている。
「……」
言葉が出なかった。
お兄さんはただ歩いているだけ。
それなのに誰も気づいていない。
まるで、そこに存在していないように。
…もしかしたら【神眼】じゃないと分からないほど気配が消えている?
お兄さんを目で追っているとお兄さんが急に足を止めた。
「?」
お兄さんはゆっくりとそのまま振り返り、
「………」
俺と目をはっきりと合わせた。
「!?」
動揺して後ずさってしまったけど、お兄さんの目は俺に向けられたまま動かない。
さっきまでの優しい目とは違い、鋭い刺すような視線がぶつけられている。
「ご、ごめんなさい!」
俺は思わずそうつぶやいた。
すると、
「…え?」
お兄さんは俺の様子を見るとクスリと笑い、人差し指を口元に当て、「シー」とジェスチャーをくれた。
『またね。』
最後にそう口を動かし、お兄さんはまた歩き出した。
「…あの人、もしかしてすごい人だった?」
【神眼】を解除すると、お兄さんの姿は完全に見えなくなった。
もし、お兄さんが気配を消すのを止めてもこの距離じゃ、もうどこにいるかさえ分からない。
…女神様の話じゃ、【神眼】は【超級スキル】らしいので視られても気づかれないはずだったのに…
『気配を消して歩く。』
お兄さんはそう言ったけど、俺には無理そうだ。
「…遠回りしようか。」
俺は諦めて地図を取り出し、小鳥の宿への道を探した。
ええと…
一つはかなり大回りするけど、大通りを通る道。
もう一つは少しだけ遠回りになるけど、すぐそこの裏路地に入る道。
どうしようか。
『観光するなら裏路地は止めておけよ。今は特にな。』
アシトさんがそう言っていたから、裏路地は避けたいけどな…
大通りは遠回りすぎて逆に迷いそうなんだよな。
…よし、裏路地にちょっと行ってみよう。
マズイと思ったら引き返せばいいし。
俺はケンカの騒々しさを聞きながら、裏路地に足を踏み入れた。