第十三話 (壊れ)でも価値はありました
「う~ん…だったら、ここかな。」
フーさんが指さした場所は地図の端っこ…ユーランに入る時に俺が通ってきた門の正反対の位置だった。
地図にはその場所に『農業地』と書かれている。
「農業地?」
俺の言葉にフーさんが大きくうなずいた。
「ユーランってすっごく大きな街だから、畑や牧場も壁の中に入っているの。特に今は収穫が終わった時期で人があまりいないからオススメだよ。」
「なるほど…」
朝食を終えた後、俺はフーさんに『広くて人気のない場所』を教えてもらっていた。
一度は部屋でアシトさんからもらった地図を広げてみたけど…
「…無理だこれ。」
自分で解決しようと言う考えをあっさり断念した。
アシトさんからもらった地図は街の道も細かく書かれていた。
ただ思った以上に街は大きく、そもそもどこが目的に適しているか地図だけ見たところで俺には分からなかった。
少し迷いはしたけど俺は部屋を出て忙しそうなフーさんに頼み込んでみた。
「大丈夫!たった今、暇になったから!!」
抱え込んでいた洗濯物をどこかに押し込み、フーさんは笑顔で俺の持っていた地図をテーブルに広げた。
宿と言う仕事はこういう質問が多いのか、フーさんはスラスラと俺の希望している場所の候補を教えてくれたけど、安全と言う点ではやっぱり農業地が一番いいらしい。
その農業地までの道のりを聞くとフーさんはまた別の場所に指を向けた。
「ここが小鳥の宿。このまま進んだ噴水広場がユーランで一番人気のある場所だよ。で、さっきの農業地までがこんな風な道になる…歩いて三十分はかかるかな。あ、この道は夕方になると混み始めるから、早めに通るか、少し遠回りしたほうがいいよ。」
フーさんが地図を指でなぞり、俺はすぐにポケットに入れていたノック式のボールペン(壊れ)で地図に線を書き込んだ。
昨日、【廃棄工場】から出した後、そのままポケットに入れていたボールペン(壊れ)は何の問題もなく地図の上に黒線を引きながら走って行く。
フーさんの説明は簡単だけど、スマートフォンのGPSマップを活用していた俺にとっては中々難しい。
スマートフォンはあるけどGPSが使えないこの世界で迷子にならない為には今、出来るだけの事をしないといけない。
アシトさんから地図をもらっていて本当に良かったと心から思う。
その大切な地図を破かないように適度な力を入れながら、注意点や道を書き込んでいく。
小鳥の宿の場所は念入りに印を付ける。
…よし、これで大丈夫なはずだ。
「フーさん、ありがとうございました。」
俺は地図から顔を上げ、フーさんに礼を言った。
「……」
フーさんは俺の手元を見て、固まっていた。
俺はすぐに自分の手元を確認して、
「あ…」
自分が何の迷いもなく使っていたボールペンにその視線が向けられている事に気づいた。
「ねえ、ハイキさん!それ、なに!?」
フーさんの食いつきはすごかった。
いきなり俺の手を握りしめると、俺の手の中のボールペンをまじまじと見ていた。
「小鳥の宿で使っているペンとはまるで違う…!こんなに小さいのに、インク瓶も使わないであんなにはっきり文字が書けるの!?」
「いや、ちょ、っと…!」
ボールペンに気を取られているから気づいていないのかもしれないけど…
近い!
まつげがはっきり見えるくらい近いし、いい匂いが…
「…ハイキさん!これ売ってください!」
「え?」
フーさんの言葉に俺は耳を疑った。
「売るって…このボールペンですか?でも…」
これは現代日本で百円…この世界で言えば、銅貨一枚で買える物だ。
一応、【廃棄工場】の雑貨にはまだ数はあったので、売るのは問題ないけど…
(壊れ)だしなあ…
あげてもいいけど、(壊れ)のボールペンをあげるのもちょっとな…
そんな事を考えていたら、フーさんが痺れを切らしたように大声を出した。
「ハイキさん!お金は出しますから!銀貨五枚で!」
「………はい?」
…銀貨五枚って、五千円!?
「え、あの…フーさん?」
混乱する俺に対し、フーさんは熱い視線をボールペン(壊れ)に向けたままだ。
「この大きさであれだけはっきり文字が書ける…それにインクも飛び散らない。掃除の手間や整備を考えれば、銀貨五枚でも充分元が取れる…」
あ、そういう事か。
俺は受付の一点…宿帳に記入する為の大きな羽ペンと黒のインク瓶の存在を思い出した。
俺の時は宿帳への記入は女将さんがやってくれていたけど、あの羽ペンとインク瓶を使っていた。
女将さんがやる時もあるだろうけど、宿帳の記入はだいたいが泊まる客が行うものだ。
ただ、泊まる客全てが綺麗に羽ペンを使える訳ではないはず。
インクが周りに飛び散る事もあれば、羽ペンにインクを着けすぎて、ボトボトと床や宿帳、下手したら瓶を落として床が大惨事になる時もある。
それに羽ペン自体もかなり脆そうに見えた。
受付は店の顔とも言われるみたいだし、掃除と整理は特に気を遣っているはず…
でも、俺の持っていたボールペン(壊れ)なら、その心配はない。
インクが飛び散る事はないからインク掃除がなくなる。
当然、インク瓶は必要ないからインク瓶代がいらない。
ペンを雑に扱ったとしても、よっぽど酷い使い方をしない限り、ペンが壊れる心配はない。
宿帳に一日に書く文字はそこまで多くはないはずだから、ボールペンも長く使えると思う。
そう考えれば、銀貨五枚でも元が取れると言うのは本当なんだろうな。
それにフーさんにとって重要なのは『汚れず書ける』の一点だけ。
引っかけるパーツの折れなどはどうでもいいのか。
でも、まあ…
「あの、フーさん?そろそろ手を離してもらえませんか…」
フーさんの握力は強く、俺の腕は青く変色し始めていた。
…うん、本当に気をつけよう。
段々と痛みも感じなくなった右腕を見て静かに悟った。
これ、返答次第では折られるかも…