第百十話 第一印象は大事でした
ガルソフィアの冒険者ギルドには門から二十分かかって辿り着いた。
『冒険者の街』と呼ばれるガルソフィアの冒険者ギルド。
その第一印象は、
「……」
ユーランの冒険者ギルドと同じだな~、だった。
建物の形に多少違いはあるけど、二階建てなのはユーランと変わらない。
俺もユーランの冒険者ギルドには何回か行った事があるから大体の中身は分かっている。
商業ギルドが五階建てで縦に高かったのに対し、冒険者ギルドは二階建てだが横に広い。
建物の中は商業ギルドと同じ広さだが、その建物の裏側には討伐したモンスターの解体所もあるし、素材の加工所や倉庫も隣接している。
「ではこちらに。」
門から案内している職員さんに促されるまま建物に入っていくと、やっぱりユーランと同じだった。
受付のカウンターには依頼の確認をしている冒険者と職員さん、少し離れた掲示板にはたくさんの依頼書が貼られていて、冒険者達が依頼書を吟味している。
飲食スペースにはテーブルと椅子がずらりと並んでいて、冒険者達が飲み食いしながらミーディングをしていた。
ユーランで視た光景と変わらないものがそこにあった。
「こちらがガルソフィア冒険者ギルド―――。」
職員さんがそう言っている途中だった。
「待っていたぞ!!!」
デカい声がギルド中に響いた。
「!?」
怯んだ俺に向かって大柄な人がずんずんと近づいてくる。
「私が!ガルソフィア冒険者ギルド支部長、ギルガスである!!!!!!!!!!!!!!」
うるせえええええ!?
なんだこの声量!?
この距離で出すものじゃないだろ!?
気になって窓ガラスに目をやると心なしかガラスも震えていたし、なんか天井からホコリが落ちてるし…ヒビ入ってないよな?
「ど、どうも。」
俺は耳の痛みを我慢しながら声の主に目をやった。
スキンヘッドに太い眉毛。服の上からでも分かるぐらい盛り上がっている筋肉に日焼けした肌、鋭い眼光。オルゼさんと歳が近いって事だから五十歳超えている?五十歳でこの身体!?
…え、えだじまへいは――。
「遠路はるばるご苦労!詳しい話は上で話そうではないか!」
肩を掴まれた俺は抵抗する間もなく、ギルガスさんに運ばれていく。
「み、皆さんも一緒に来てください!」
様子見していたゴンダリウスさん、ニヤニヤしていたジキルさん、展開に着いていけずに呆然としていたキュラさん、全員が俺の声で動く。
もういきなり嫌な予感がする。
あと、ギルガスさん力強すぎる…
*****
「いや~、すまんすまん!会えるのが待ち遠しくてな!」
ガハハと笑うギルガスさん。
支部長室に連れて行かれた俺は曖昧に笑いながら、さっさと用件を済ませる事にした。
「ハイキ商店店長のハイキと申します。ご依頼通り十日間店を構えさせていただきます。ガルソフィアの内情を知らない為、色々とご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願い致します。」
深々と頭を下げながら「こっちはそちらの内輪もめを知らないし、関わるつもりはないです」と釘を刺しておく。
「おう、来てくれただけで充分だ。色々忙しい時期なんでな。」
ギルガスさんも察したのか、それだけで済ませてくれた。
「では、さっそく出張店舗の打ち合わせを行いたいのですが…」
そうこっちが口を開いた時だった。
コンコンッ!
少し強めのノックが聞こえた。
「ったく、もう来やがったか。」
ギルガスさんが舌打ちしながら、返事をする。
「入っていいぞ。」
一拍置いてドアが開くと
「失礼します。」
眼鏡をかけた男の人が入ってきた。年齢は二十歳後半ぐらい。ギルガスさんとは対照的に色白で細身の身体は事務方ってイメージだ。
男の人はオレ達を視ると、すぐに会釈をした。
「ガルソフィア冒険者ギルド副支部長、ミスキと申します。遠いところからお越しいただき、ありがとうございます。」
ミスキさんの声はギルガスさんと違って、静かで、それでいてよく通る声だった。
「ハイキ商店店長のハイキです。こちらこそ十日間よろしくお願いいたします。」
…オレは内心驚いていた。
派閥争いには一切関わらない事を条件にしたとは言え、オレはギルガスさんに呼ばれた立場だ。
ミスキさんにとってはあまり良い存在じゃないはずなのは間違いない。
それなのにミスキさんの声や目には、敵対心のようなマイナスの感情が感じられなかった。
むしろ心から歓迎してくれているようだった。
「本来ならもっと早くお会いしたかったのですが、どうも連絡ミスがあったようでして。」
ギロリとギルガスさんを睨むミスキさん。
「支部長、前日の予定ではハイキ商店様は北部署にご案内するとの事でしたが、何故南部署に変更されたのかお聞かせ願えないでしょうか?」
淡々と話しているけど、声の温度が明らかに低くなっている。
そんな事はお構いなしと言った様子でギルガスさんはどうでもよさそうに答える。
「南門から入ってきたのに、真反対の北部署に連れて行く訳にはいかないだろ。部署の変更は起こりうると再三通達はしていた。まさか確認を怠っていた訳じゃねえだろ。」
「確かにその連絡には納得しておりました。ですが、それなら何故副支部長のいた北部署だけ到着の連絡が来なかったのでしょうか?東と西にはすぐに連絡が届いていたそうです。」
どうやら思っていた以上にこの二人は険悪らしい。
派閥争いとか以前に性格が真反対過ぎだ。
これじゃ衝突は当たり前だ。
「分かった分かった。連絡ミスがあったのは認めよう。それに対する改善もな。だが、客人の前で言う事ではないだろ。分を弁えろ、副支部長…!」
「……失礼しました。」
ギルガスさんの言葉に思うところがあったのか、ミスキさんは俺達にもう一度頭を下げた。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。日を改めてまたご挨拶に伺わせていただきます。」
そう言ってミスキさんは音も立てずに支部長室を出て行った。
「すまんな、こんな小競り合いが毎日続いているのが現状だ。ああ言っていたが、ミスキにもお前達の事情は伝えてあるから不要な接触はないはずだ。」
俺はミスキさんの出て行ったドアを見つめながら、一度ため息をついた。
…前途多難だな。
それに…
「いえ、お構いなく。」
見定める事は多そうだ。