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第十一話 初めての異世界料理をいただきました


 コンコン


 ドアをノックする音が聞こえ、我に返る。


「ハイキさん起きてる?」


 扉越しにフーさんの声が聞こえた。


 スマートフォンをポケットに入れ、ドアを開けると赤いエプロンを着たフーさんが立っていた。


「ご飯の時間だけど、今日はどうする?」


 そう聞かれて、自分が空腹である事に気がつく。


 食事か…


 女神様が確か中世時代って言ってたよな。


 コショウやスパイス…香辛料のない料理。


 でも、異世界食材の料理…気になる。


 モンスターの肉だったり、前の世界では絶対に食べられない物も多いし。


「いただきます。一階に行けばいいんですか?」


 言葉がいつの間にか出ていた。


 そうだな。


 言い訳を考えるのはよそう。


 せっかくだし、初の異世界料理を体験しよう。


 味が合わなかったら、【廃棄工場】でカップ麺を取り出せばいいし。


 フーさんは俺の答えを聞くと、にっこりと笑い、俺の腕を掴んだ。


「ハイキさんにはビッグポークのステーキも出るよ。ささ、早く行こう!」


 ビッグポーク?


 聞いた事のない名前を聞こうとすると、また腕を絡めようとしてくるので一歩下がってその魔手から逃れる。


 危ない危ない。


「もう…」


 拗ねた顔になるフーさんだが…


 さすがに注意しないとダメだろう。


 と言うか、また(・・)当たったりしたらフーさんのお母さんに怒られる。


 しばらくお世話になるのに、それは辛い。


「あのですね、フーさん。あんまりそんな風にしていると勘違いする男も出ますから止めたほうがいいで

すよ。」


 遠回しに伝えてみる。


 実際、前の世界ではよくあった話だ。


 女性からすればちょっとのスキンシップのつもりが、『自分を好きだからやっている』と勘違いする男が意外と多く、トラブルの原因になったりしていた。


 俺は逆にそんな場面ばかり視てきたせいで、『自分を好きだからやっている』とか全く思わなかったけど。


「勘違いって?」


 聞き返すフーさんだが、その顔には少しイタズラっぽい笑いが見えている。


 …分かってるな、この人。


 考えれば最初に会った時にあんなイタズラしたくらいだし。


 仕方ない。


 一応前の世界でだけど…年上として言っておくか。


 出来るだけ丁寧に、怒らせないように。


 相手に一方的に伝えるのではなく、褒める所は褒めて、注意する所は注意する…


 よし、言うぞ。


 大きく息を吸って、俺は口を開いた。


「フーさんはとても魅力的なんですから。人なつっこいのは長所ですが、自分の外見を考えてください。フーさんみたいな美人に言い寄られたら男は参っちゃいますし、その気がなくても意識しますよ。」


 俺の場合は…罠だと思って血の気が引いたけど。


 …性格が出るんだろうな。


 自分に自信がある人間なら、好意も素直に受け止められるんだろうけど。


 俺は疑うところから始まるからな。


 さあ、どんな反応になるか。


 怒ってくる可能性が一番高いけど…


 …どうだ?


 ……



 ………あれ?



「…………………………」


 フーさん、固まってないか?


 雷に打たれたみたいに呆然としていて、眼は開きっぱなしだ。


「フーさん?」


 声をかけるが、反応はない。


「もしも~し。」


 目の前で手を振ってみるがこれも反応はない。


 ならば、


「フーさん?フーさん、どうしました?」


 顔の前まで近づき、目線を合わせて大きな声をかけると


「ひゃっ!あ、あ、ごめんなさい!ごごごご飯の準備してくるね!」


 魂が戻ったみたいにすぐに動き出し、ドタバタと階段を駆け下りていった。


 顔が耳まで真っ赤だったけど…


「…やっぱ注意されても、初対面の男からじゃ感じ悪いか。」


 お客さんだから怒らなかったけど、内心怒りを押し殺していたのかもしれない。


 走って逃げたのは爆発寸前の怒りを悟られないようにする為だったのかも。


「やっちゃったか…」


 …初日なのに、色々気まずくなりそうだな。


 俺は重い足取りで階段を降りていった。


*****


 一階に行くとフーさんのお母さんにテーブルに案内された。


 やけにニヤニヤした顔だったので、何かと尋ねてみたが、「いやいや、なんでもないよ」とすぐに下がってしまった。


 『娘を泣かしたな!さっさと出て行け!』と言われなかっただけマシだと思っておこう。


 その後も特に何か言われる事はなく、俺は黙って席で料理を待っていた。


 すると、少ししてジュージューと何かが焼ける音と食欲をそそる匂いが俺の近くにやってきた。


 

「ハイキさん、お待たせ!ゆっくりしてね。」


 顔色の戻ったフーさんがまた笑顔で俺のテーブルに料理を並べてくれた。


 出てきたのは、ジャガイモとにんじん、タマネギなどの野菜がたっぷり入った暖かいスープと、見ただけで固そうなパン、そして大きな皿に載った焼いたばかりの肉のかたまりだった。


「おお!」


 料理文化は中世レベルと聞いていたが、これは充分じゃないか?


 さすがに箸はないようだけど。


 用意されているのはスプーンとフォーク、それにナイフ。


 日本で使っていたものと違い、少し重みはあるが特に問題はなさそうだ。


 まずはじっくり料理を見てみよう。


 湯気の立つスープには具材が大きくざく切りで入っていた。


 肉は入っていないが、野菜の具材は大きく、食べ応えもありそうだ。

 

 パンは…触ってみると岩のように固い。

 

 固そうなパンをそのまま食べるのは大変そうだから、スープに浸して柔らかくして食べてみよう。



 それに気になるのはこの肉だ。


 これがフーさんの言っていたビッグポークのステーキだろう。


 見た目は分厚いステーキだ。


 ファミレスで食べたステーキよりも一回り以上厚く、大きい。


 形は無骨だが、焼きたてのジュージュー言う音と肉汁が溢れている。


 ソースはないようだけど、そこは気にならない。


 涎が止まらなくなっていた。


 そういえば、女神様のところではおまんじゅう、こっちではあんパンと甘い物しか食べていなかったな。


 見るのはここまで。


 いざ、実食!


 では、さっそく


「いただきます。」


 両手を合わせて最初にスープをいただく。


「…おいしい。」


 ほどよい塩気を感じながら、具材も口に運ぶ。


 ジャガイモは口の中で崩れて、にんじんは少し固いが、ちゃんと食べられる。タマネギも甘みがほんのりとある。


 それに暖かいスープは飲むだけで、気分が落ち着いてくる。


「…ほ。」


 一息ついて次に、黒パンをあえてそのまま(・・・・・・・)かじってみる。


「……ん。」


 フランスパンを一日放置していたみたいな食感だ。


 外は固いし、中も変わらないほど固い。


 何とか噛んで呑み込む。


 塩味だけどスープよりも塩気は薄い。


 最初に考えていた通りにスープに浸して食べると、パンはしんなりと柔らかくなった。


「うん。」


 あまりやった事のない食べ方だけど、全然問題ないな。


 塩気のあるスープでパンの味も良くなった。



 そして、メインディッシュのビッグポークのステーキだ。


「おお?」


 ナイフとフォークを使うが、筋が多いみたいで中々切れない。


 なんとか一口大に切って、思いっきりほおばる。


「!」


 ほぼ一日ぶりの肉の衝撃は凄まじかった。


 筋張ってはいるが、中まで火はしっかり通っていて、思っていたよりも臭みはない。


 と言うか、香りはすごくいい。


 …これは炭火の香りだ。


「うまい。」


 一口、二口といくら食べても、味に飽きが来ない。


 噛み応えがある分、口の中が疲れてはくるが、それが気にならないほどに手が止まらない。


 これがビッグポーク…異世界の肉。


 いや、よく考えればここにある全ての料理が異世界のものか。


「……」


 そこからは夢中だった。


 ただ、ただ何も考えずに食べた。


 パンをかじり、スープを飲み、肉を口に放り込む。


 暖かい食事が、味が自分が今生きているのだと教えてくれる。


「……ふう。」


 気づけばあっという間に皿は空になっていた。


「すごいね、ハイキさん!細いのにそんなにたくさん食べられるんだ。」


 食べ終えた俺にフーさんが皿を片付けながら声をかけてきた。


「…料理がおいしかったからですよ。」


 俺は満腹のお腹を軽くさすりながら、心からの言葉を伝える。


「でしょ!ここの料理は他の宿と比べてもひと味違うんだ。料理目当てに泊まる人もいるくらいだからね!」


「そうだったんですか?」


 おいしいとは思っていたが、まさかそんなに評判だったとは…


 フーさんは嬉しそうに続ける。


「脂っこくてクセのあるビッグポークも香草と炭火でじっくり焼いてるから、油も落ちて、香りもいいんだよ。うちの名物です!」


 胸を張るフーさんを見て少し笑ってしまうが、納得した。


 確かにステーキには炭火とは違う香りもした。


 あれは香草だったのか。


 料理は中世レベルと女神様は言っていたけど、それは全体の話で場所によっては差が大きいのかもしれない。


 この宿に泊まれたのは幸運だった。


「明日の料理も楽しみです。」


 俺は正直に伝え、フーさんはにっこりと笑った。


 こうして異世界料理を俺は色んな意味で心から楽しんだのだった。




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