第百六話 急展開になりました
「ジキルさんが勝ったらキュラさんのところへ行きましょう。」
決闘直前、ゴンダリウスさんが俺にこっそり声をかけてきた。
「勝負はジキルさんが勝ちます。間違いなく。」
当の二人はすでに離れた場所でにらみ合っているが、ゴンダリウスさんは一際声を小さくした。
「ご協力をお願いします。彼女の為にも…」
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決闘が終わり、俺とゴンダリウスさんはキュラさんを連れて、一度宿に戻った。
ジキルさんはどこかへ行ってしまったけど、しばらくしたら戻ってくるはずだ。
何より、今はこちらの方が大事だ。
「…………」
俺の視線の先、部屋の中央に置いた椅子にはキュラさんが座っていた。
あの戦いの荒々しさや叫びがウソのように、一言も発さないまま大人しく。
決闘に負けたショックで落ち込んだ…と言えばそうも視えるけど、俺には抜け殻のようにも感じる。
実際、ここまでの移動するのにキュラさんはまともに歩く事も出来ない状態だった。
俺とゴンダリウスさんが肩を貸してキュラさんを運んだけど、キュラさんは何も言わなかったし、何も反応しなかった。
観戦していた人達からすればそれだけの激戦だったと思うかもしれない。
それは間違っていない。
でも、それだけじゃない気がする…
「それではまず、発端となった問題を片付けましょう。」
ゴンダリウスさんの言葉に、キュラさんは目線だけ動かしている。
横から押せば倒れそうなぐらい、弱々しい姿だ。
「ジキルさんはハイキ様に今後、口調を改めなくても良いとします。もちろん、時と場合によって最低限の礼儀は弁えてもらいます。よろしいですね。」
「……」
キュラさんは無言でうなずいた。
「では、次の話を。」
ゴンダリウスさんはそこで俺を視た。
「ハイキ様、次にキュラさんがジキルさんともめ事を起こした場合、彼女を今回の依頼から外します。」
「え?」
「………」
突然の内容に驚いたけど、ゴンダリウスさんはさらに言葉を続ける。
「また彼女がジキルさんへ決闘を申し込むなど護衛依頼の妨害になると私が判断した場合、その場でキュラさんの冒険者ランクをDランクに降格します。」
「え、ええ!?」
間抜けな声を出してしまったけど、この展開に頭が追いつかなくなっていた。
「…………」
ただ、そんな中でも…
俺はこの状況でも、まだ一言も言葉を発しないキュラさんが気になった。
俺の知っているキュラさんならこんな状況、
「ふざけないでください!!」
とぶち切れて今にもゴンダリウスさんに飛びかかっているはずなのに…
「…………」
首をわずかに動かしてうなずいただけだ。
「あの、どういう事なんですか?」
俺は耐えきれずにゴンダリウスさんに尋ねた。
依頼のジャマになるから人を外すならまだ分かるけど、ランクダウンはどう考えてもただの冒険者に出来る権限じゃない。
俺を特例ランクアップした…それこそ、オルゼさんのような支部長クラスじゃないと出来ないんじゃ…
「ご安心ください。オルゼ支部長から事前に権限をいただいています。このように。」
懐から紐で巻かれた紙を取り出したゴンダリウスさんは紐を解いて、中身を俺達に見せた。
『ユーラン冒険者ギルド支部長オルゼの名の下に、ゴンダリウスに以下の権限を認める。
一つ、護衛依頼期間における同行冒険者への指揮権限
二つ、同行冒険者の選定(護衛依頼に支障が出る場合、除外も可)
三つ、同行冒険者への命令違反による罰則(罰則内容は冒険者資格剥奪まで認める)
四つ、同行冒険者への---』
「とまあ、これが証拠です。」
四つ目を読み終わる前にゴンダリウスさんが紙をまた懐に戻した。
「私はジキルさんへの監視役ですが、同時にキュラさんの監査役でもあります。」
…監査役?
「キュラさんはめざましい実績を上げていますが、その一方で冒険者同士のトラブルも増えています。もちろんキュラさんが自分からトラブルを起こしている訳ではありません。ただ、相手が先に手を出したとは言え、最近は半殺しまで追い込む事も多い。」
「………」
「そこで、オルゼ支部長は私に指名依頼をされました。それが『キュラさんの監査』です。もし、理由があるならそれを調べ、報告する事。その為にこの権限をいただきました。」
キュラさんはジキルさんの監視を依頼されていたけど、そのキュラさんも監視される立場だったって事か。
…ん?
「そんな話していいんですか?その…」
今の話を俺にだけ話すのなら分かるけど、抜け殻状態とは言え、ここにはキュラさんもいる。こんな話を聞かせてもいいのか?
「大丈夫ですよ。ジキルさんのおかげで原因も分かりましたし。」
俺の不安を察したのか、ゴンダリウスさんはうなずいた。
「原因?」
ゴンダリウスさんはそこで少しだけ苦い顔になった。
「…【封印魔法】です。」
「【封印魔法】?」
「ええ、それがキュラさんの不安定さの原因です。」
ゴンダリウスさんはそう言いながらキュラさんを一瞥した。
「依頼には悪人とは言え人を殺したり、時には誰かを犠牲にしてでも依頼を達成しないといけない事もある。一瞬の迷いや雑念が自らの命やより大きな被害につながってしまう。だからキュラさんは自分自身の心に【封印魔法】をかけた。効率よく依頼を達成できるように。」
「…その副作用が、半殺し?」
そして、今のキュラさんの状態につながるのか。
「心に【封印魔法】をしたところで、感情がゼロになる訳ではありません。キュラさんのような多感な年齢は感情の起伏も激しい。封印から漏れ出た感情に歯止めが効かなくなる場合もあります。」
だから、ジキルさんにあんなに噛み付いていたのか。
普通なら気にならないような事でも、ジキルさんの行動全部に抑えが効かなくなって…
…あれ?
「もしかして、ジキルさん。キュラさんの状態に気づいていたんですか?」
「はい。昔、似たような状態になった人物を視た事があったそうで。出発した当日に私に教えてくれました…すでに限界寸前だとも。」
そうなれば、本気でちょっとしたいざこざで人を殺しかねない。
キュラさん自身に今の状況を伝えても、本人の意志で【封印魔法】が解けるとは限らない。もし出来ても、それまで抑えた感情が一気にあふれ出して精神崩壊の可能性もあった。
事態の深刻さに気づいたゴンダリウスさんはジキルさんに自分の役割…ジキルさんの監視とキュラさんの監査役である事を話したらしい。
「そこで【封印魔法】を壊す為にジキルさんと私は計画を立てました。」
それはジキルさんがキュラさんの感情をとにかく逆撫でする事だった。
【封印魔法】の解除は専門家でないと出来ない。
だけど、抜け道が一つだけあった。
「それが『感情の爆発』…要は『とにかく怒らせまくって封印壊しちゃえ』って事です。」
「解除じゃなく壊す…?」
「【封印魔法】と言う器にあふれる寸前まで入っているあらゆる感情。解除が問題なのは溜め込んでいた器だけが消えて、中身の感情が一気にぶちまけられるからです。なら器をいきなり無くすのではなく、器に穴を空ける場所を決めて中身を少しずつ出していく。徐々に慣らしていけば負担はまだ少ない。」
「…そういう事ですか。」
その為の決闘。
今朝のあの決闘の宣言もジキルさんとゴンダリウスさんの計画だった。
そして、決闘直前のジキルさんのあの挑発…あれでついに封印に穴が空いた。
器から流れ出した感情は全て『怒り』に変わり、その矛先はジキルさんに向かった。
「ジキルさんは余裕のように振る舞ってましたが、そうする事で自分だけを狙うようにしたんです。あの状態のキュラさんはちょっとした苛立ちで周囲を攻撃してもおかしくない状態でした。」
だからこそ、ジキルさんは常に挑発を続けた。
言葉、仕草、戦い方…全てがキュラさんの苛立ちにつながるように。
…関係ない人を巻き込まないように。
一つ間違えれば大惨事になるかもしれない緊張感の中、ジキルさんは完璧に全てをこなした。
「キュラさんはもうしばらくすれば動けるようになるでしょう。戦闘は難しいかもしれませんが、移動は問題ないはずです。」
二ヶ月以上ほったらかしですみませんでした!
体調不良は一切ありません!!
また更新頑張ります!!
今後もお願いします!!!
…龍○如く8楽しみだな~!!!