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第百五話  決闘が終わりました




 まだ言葉もおぼつかないほど、あいまいにしか何かを覚えられないほどの子供時代。


 何かを思い出そうとしても思い出せないくらい小さな時。


 だけど、一つだけハッキリと心に焼き付いた光景があった。


 私は擦り傷だらけで口の中は土の味がして、顔は涙で濡れていた。


 そして、目の前にいたのは、二本の剣を持った大人の後ろ姿だった。


 とても怖くて、とても悲しくて、とても冷たかった私の心をあの人は救ってくれた。


『もう大丈夫だよ、お嬢ちゃん。』


 顔も声も、もう分からないけど、その言葉だけは覚えている。


 後で両親から聞いた話だと、村の外に抜け出して、モンスターと遭遇してしまった私を通りかかった冒険者が助けてくれたらしい。


 その人は名前も名乗らず、何も受け取る事なく、私が起きる前にどこかへ行ってしまった。


 今もその人の行方は分からない。


 でも、私はその人に憧れた。


 あの人みたいになりたいと訓練を始めた。


 双剣を使うようにしたのもその流れだった。


 両手で剣を振れるようになるだけで何年もかかった。


 剣を振り続けても勢いが落ちないように毎日山を走った。


 冒険者ギルドに登録できる歳になってすぐに冒険者になった。


 どれだけ失敗しても諦めなかった。


 『双剣はやめたほうがいい』と言われても、剣を離す事は一度もなかった。


 女だからとなめられないように死にものぐるいで強さを求めた。


 魔法の才能があると言われたから、双剣の戦い方に活かせる魔法を学んだ。


 相手の意表を突くための小技や足技も身につけた。


 常に冷静でいられるように感情を抑える技術を手に入れた。


 護衛依頼で初めて人の命を奪っても、顔見知りの冒険者が亡くなったと知っても、私は揺らぐことのない心になっていた。


 必死だった。


 時間がかかればかかるほど、あの人(理想)は遠のいてしまう。


 そんな焦りがどこかにあった。


 少しでも早く実力を認められる為に危険な依頼ばかり受けるようになっていった。


 死にかけた事も一度や二度じゃ済まない。


 引退するほどの大怪我をしなかったのが、運が良かっただけなのも分かっていた。


 …それでも迷いはなかった。


 足を止めなかった。










 殺す事に慣れた。










 殺される誰かを視るのに慣れた。










 死に鈍くなった。











 命の価値が安くなった。











 一人が当たり前になった。












 …いつの間にか、Bランクの冒険者に私はなっていた。







 だけど、まだ足りない。





 理想(あの人)には私はまだ何もかも足りない。





 だから、もっと上を目指さないと。


 その為なら私はいくらでも努力をしよう。


 どんな依頼もこなそう。


 こんなところでつまづく訳にはいかない。



 私はもっと上に行くんだ。




 もっと、もっと、もっと、もっと、



 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと、











 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと…










 理想()の為に…








 だから、こんなところで負けられない。





 負けたくない…!



 負けちゃいけないんだ!!!



****************



「そこまで!」


 ゴンダリウスの声が場に響き渡る。


 静まりかえる観衆に向けて、高々とその名を告げる。


「勝者、ジキル・サライアット!」


 決闘の勝者の名を。


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」


 観客がその名を聞き、盛り上がる。


 だが、その中心である二人は静かだった。


 勝敗は決したのに、向かい合う二人は互いに視線を反らすことなく、今も臨戦状態だった。


「…どうして。」


 敗者であるキュラは声を絞り出す。


 キュラ自身も含め、誰もがキュラの勝利を確信したあの一瞬。


  

 …それがたった一手でひっくり返されていた。



 キュラの双剣は手の届かないほど遠く離れた地面に転がっていて、彼女の両手は今も双剣を弾かれた衝撃による痺れが残っていた。


「じゃあ、俺行くわ。」


 キュラの声に応える事はなくジキルはそれだけ言うと、手に持っていた剣(・・・・・・・・)を肩に担いで盛り上がる観客達の中へ紛れていった。



*******



「見世物としてはなかなか楽しめた。」


 隣の人は感想を言って俺を見た。


「あの二人はお前の連れだと聞く。面白い物を見せてくれた礼はしなくてはな。」


「え、いやいや。別に構いませんよ?見物料をとっているわけでもないし。」


 イベントみたいになっていたけど、実のところこれはただのケンカだ。

 

 受け取る礼も恩もない。


 すると、隣に立っていた人が眉をひそめた。


「…そうか。お前はそういう奴か。」


「え?」


 その人は口元に手を当てて、やがてうなずいた。


「なら…俺はお前が困った時、一度だけ手助けをするとしよう。当然、お前がそういう状況であると俺が判断した時、俺が手助け出来る場所にいる時限定だがな。」


 一気に言い終わると、その人は人混みの中に入ると、姿を消した。


 なんか気になる人だった。


 【神眼】を使えば追いかけられそうだけど…


「今はこっちが先か。」


 俺は事前に話していた通り(・・・・・・・・・・)、うずくまるキュラさんの元へ向かった。



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