第百四話 決闘が始まりました
「では、ルールを説明します!」
ゴンダリウスさんは大声でキュラさんとジキルさん、そして観衆に声を轟かす。
「勝利条件は相手を戦闘不能にする事。ただし、相手を死に至らしめたらその時点で敗北となります。」
ゴンダリウスさんは一呼吸置いて言葉を続ける。
「審判である私が勝敗が決まったと判断しても決闘は終了とします。またどちらか気絶、戦意喪失、降参した場合も同様です。」
理解、疑問、肯定、否定…観客の様々な反応を気にせず、ゴンダリウスさんは堂々とした態度を崩さない。
「武器の使用は自由。愛用の武器を使っても、この場で用意しても構いません。また魔法の使用も制限はありません。そして、観客の皆様へ万が一被害が遭ったとしても全て自己責任でお願いします!」
ザワッと、観客の位置が一歩下がった。
最前列にいた俺も一歩下がろうかなと考えたけど、
「無駄な事を。一歩下がったところで、向こうが二歩近づけば意味はない。」
隣から聞こえた男性の声が俺の足を止めた。
「それにここが一番安全な場所だ。進む気はないが、下がろうとも思わん。」
俺は隣の男性に目をやった。
身長が俺よりも高い…百九十センチ以上あるんじゃないか?
ムッとした顔つきだけど、声からは腹立たしさを感じない。
「ああ、気にするな。今朝方【サマイ】に着いて決闘の話を聞いてな。乗合馬車も動かないから暇つぶしに来ただけだ。」
低い声なのにどこか軽く、そして油断のならない気配があった。
「それにしてもこの決闘。正直、期待なんぞしてはいなかったが…」
ゴンダリウスさんに言われ、二人が武器を出した途端、周囲がざわつく。
「思ってたよりマシみたいだ。」
少しだけ楽しそうに隣の人は微笑した。
******
「ふざけているんですか、あなたは!?」
キュラさんの武器は普段から使っている双剣だ。
見た目は小刀に近いが両刃だ。
重量は比較的軽いが、刃は鋭く光っている。
移動の休憩時間に軽く剣を振るう姿を何度か見たけど、目で追うのがやっとだった。
今回は比べものにならない動きになるはずだ。
一方、ジキルさんの武器は
「いいって言ってるだろ?俺はこれで充分だ。」
長さ三十センチほど、指より細い木の枝だった。
先が尖っている訳でもないし、切れるような部分も見当たらない。
どこでにも落ちているような木の枝を右手で持って、キュラさんに突きつけている。
「いや、むしろこれでもやりすぎかな。でも、これよりちょうど良い得物ってなかったからな。」
…煽ってる。
絶対に煽っている。
B級冒険者のキュラさんからすれば、ジキルさんの行動は「お前が弱いから手加減してやる」って言っているもんだ。
的確にキュラさんの地雷を踏み抜いている。
…でも、挑発にしてはやりすぎな気がする。
「…分かりました。本気でやらせていただきます。」
キュラさん、落ち着いているように視えるけど、剣を持つ手が滅茶苦茶震えている。
冷静を装っているけど、内心怒りが爆発しているんだろうな。
ジキルさん、いったいどういうつもりで…
怒らせて判断能力を無くすって事は分かるけど。
あれだけキュラさんの地雷踏めば、爆発っていうか、大爆発じゃ…
「そうだ、負けても泣くなよ?ちっちゃなこどもをあやすのは得意じゃないんだ。」
だあああああああああ!?
ちがうわこの人!
ただの腹いせだ!!
今までやられて分、徹底的にやり返したいだけだ!!
的確に地雷踏んでいるとかじじゃなくて!!
地雷原の上でタップダンスしているよ!!
草も生えない焼け野原作っているよ!?
ブチ
…なんか、聞いたらいけない音が聞こえた。
「ふ、ふふふふ。」
キュラさんが静かに笑いだした。
うん、何かを察したのかゴンダリウスさんも一歩下がっている。
それに観客もいつの間にかまた一歩下がっている。
「…では、始め!」
*****
昔、P○Pでモン○ターハン○ーを遊んだ事がある。
モン○ンの愛称で人気だったそのゲームは狩人として、様々なモンスターを狩猟・捕獲していき、様々な武器が扱えるのも特徴だった。
双剣はその時に知った。
二刀一対の剣。
大きさは通常の剣より小さく、軽い。
攻撃力は低いけど、その身軽さだからこそ出来る高速攻撃。
それが俺のイメージする双剣だった。
…でも、実際に双剣を扱うキュラさんの姿を視て思ったのは驚きだった。
本気のキュラさんが双剣を振るう速度は左右そろって【神眼】でなければ追えないほど早いし、双剣が振るわれる角度も毎回違う。
右の剣の速度がいきなり遅くなったかと思えば、左がさっきの倍以上の速さで迫ってくるし、蹴り技も積極的に使われている。
その怒濤の攻撃は全く衰える様子はない。
「ほう。あそこまで動き続けられるとは。」
隣の人が感心したように言葉を漏らす。
…どれだけ努力したんだろう。
最初から両利きだったとしても、左右のどちらでも剣を扱うには長い時間がかかるはずだ。それにあれだけの猛攻を続けながらもキュラさんは息を切らしてもいない。攻撃は一度も単調にならず、変則的にジキルさんを狙う、狙い続ける。
その勢いにジキルさんは、
「……」
避けていた。
あの速度の攻撃を全て紙一重で躱し続けていた。
時折、手にした木の枝を双剣の切っ先に当てているが、木の枝は多少削れるものの、ほとんど原型を保ったまま、キュラさんの双剣が狙う先を外している。
二本の刃が作り出す嵐のような攻撃を、一本の木の枝だけで防ぎ続けている。
その異様な光景を生み出しているジキルさんの顔には焦りはまるでない。
刃が眼前に迫っても、剣技の速度が一瞬前の倍以上になっても、突然足技が加わっても、表情は変わらない。
見下した笑みをしているわけでも、失望しているのでもない。
ただ、余裕があるように視える。
それだけだ。
「っ!」
キュラさんが一度攻撃を止めて、仕切り直すように一息に後ろに飛んだ。
多少、汗をかいているが、スタミナが尽きた訳ではなさそうだ。
「…次で決めます。殺す気でいきますから、死なないでくださいね。」
キュラさんが冷たく宣言して、双剣を構え直す。
「殺される気もないし、死ぬつもりもない。さっさと来い。」
ジキルさんがそう返した瞬間。
「!」
キュラさんの姿が何の前触れもなく消え、
「!?」
たと思ったら、いつの間にかキュラさんはジキルさんの目の前に現われ、双剣をその胸に突き刺そうと…!