第百二話 いざ、出発!しました
ガタゴト、と揺れる車内の窓から外を見る。
青々とした広い草原、道の片隅で休憩する武装した冒険者、多くの人とすれ違いながら馬車は軽快に進んでいく。
出発して一時間。
【ユーラン】はもうはるか遠くだ。
「……」
改めて自分の乗っている馬車を思い出す。
俺が乗っている馬車は幌馬車と呼ばれる種類のものだ。
よく異世界物語の序盤に主人公が移動手段に使っているたくさんの人が乗るあの馬車。
二頭の馬が引いている、大きな木製の車体に雨よけの大きな布が被さっているあれだ。
…見た目は。
「大丈夫ですって、店長さん。」
俺のいる反対の窓側からジキルさんが声をかける。
「どこから見てもただの幌馬車だし、誰も気づきませんって。」
ジキルさんはそう言いながら、広い車内を見回す。
「こんな馬車、想像出来る訳がない。」
「ですよね~…」
俺も頷きながら、この馬車の中を目で追う。
幌馬車のように布で覆われたその下にはしっかりとした骨組み、そしてそれに沿うように…
壁があった。
実はこの馬車、本当は幌馬車じゃない。
その、こう言うと困るだろうけど…
何かに例えろと言われればこれしかない。
バスだ。
いや、本当に。
現代日本みたいな座席もつり革もないけど、本来板だけの床にはクッション材が敷かれているから、長く座っていても身体が痛くならない。むしろ遮るものがないから足も思いっきり伸ばせる。
広さも見た目以上だ。
互いに反対側の壁に背を着けている俺とジキルさんまで距離は二メートル以上はある。
車内の空間を特殊な魔法でいじっているらしいので、見た目よりも中が広いと言う矛盾を通しているそうだ。
乗り心地も問題ない。
元々乗り物酔いはしないし、揺れも現代日本のバスよりも少し揺れていると感じるくらいだ。
馬車の左右には窓があるから外の景色も見える。取り付けられた窓は特殊な魔道具が仕込まれていて、中から外は見えるが外から中は見えない。と言うか、ただの幌にしか視えていない。
本来なら幌馬車の出入り口になる開きっぱなしの後部部分には、壁と出入り口の扉があるけど視覚処理がされているから何もないように視える。
こういう特殊な造りからか出入り口は左右にもあって、外からだと特殊な方法じゃないと開かない。
そして、この馬車の秘密はこれだけじゃない。
『木製だが防火性能抜群!酒をこぼして火を点けても燃えることはねえ!有り得ない?はっ、矛盾するものを両立させてこその職人だ!!』
『耐久性?問題ないわ!ただでさえ一級品の素材に魔術加工もしているの!私がぶん殴っても…いえ、街が吹っ飛ぶ爆発でも壊れないわ!!』
『空間・防音・隠蔽魔術加工済み!暇な時間は車内で筋トレをするも良し!無謀にも襲いかかった身の程知らず共を徹底的に分からせるも良し!何をしてもバレません!!そう何をしても!!たとえ、感度三zぐえええ!』
『…とりあえず、本当に性能は安心していいからな。それだけは保障する。』
酒瓶持ったリザードマンさん、ふりふりドレスの人間のお姉さん、説明後半目を蕩かせていたエルフさん、そしてそのエルフさんへ渾身の右ストレートを放った親方のグレットさんの太鼓判付きだった。
「でも、驚きましたよ。冒険者ギルドの用意した馬車を『調子悪いから別のにしましょう』って言った時は。」
元々、【ガルソフィア】の用意した最高級馬車…いかにも貴族が乗ってそうな豪華絢爛の馬車に乗る予定だったのだけど、ジキルさんからの報告で【アームズ工房】の特注馬車に変わったのだ。
不安よりも助かったと思っている。
あの馬車、見た目は派手だし、中は中で変に宝石とか付いていてキラキラしてるわ、足も伸ばせないわで嫌だったし。
「点検で異常が見つかりましたから。あのままだと一度は修理が必要になると思っただけですよ。」
なんてことのないように言うジキルさんにすごいと思いつつ、俺は馬車の後部に視線を送る。
「…あの、何かありました?」
俺は片隅で座るもう一人の護衛…女性冒険者に声をかける。
「気遣い無用。依頼ですので馴れ合いは不要です。」
事務的な口調のままギロリとジキルさんを睨むと、黙ってしまった。
『話しかけてくんな』オーラ百二十パーセントのこの方は、キュラさん。
今年十五才になったばかりで冒険者ギルドBランクに到達した大型ルーキーらしい。
見た目小さくて可愛いんだけど。
ポニーテールの赤髪は個人的にストライク!
身長は多分百四十センチぐらい?
「今、ドチビと思いました?」
「イエ、マッタク。」
ものすっごく冷たい目で視られた。
あの一角だけ、温度違うわ。
「まあまあ店長さん、せっかくのお出かけなんだから道中楽しみましょう。」
ジキルさんはキュラさんの事なんて何もないように振る舞うけど、俺は俺で気が気じゃない。
だって…
****
馬車を変えてもらったジキルさんが【アームズ工房】からの特注馬車を点検している時。
オルゼさんから紹介されたキュラさんは真っ先にこう言った。
「私の依頼は二つ。ハイキさんの『護衛』。そして、ジキル・サライアットがハイキさんに対し危険な行いをした場合、『排除』する事です。」
***
…『排除』、そういう事なんだろう。
ジキルさんが白紙の【魔道契約書】を出してもオルゼさんは万が一を考えて、キュラさんを同行させた。
馬車を動かしている御者さんも元冒険者でジキルさんの監視も兼ねているらしい。御者さんはキュラさんと違ってジキルさんとも普通に話していたけど。
まだ出発して一時間も経っていないのに重い、色々と。
…帰りたい。
****
同時刻、【ユーラン】冒険者ギルド敷地内。
「…ふむ。」
【アームズ工房】親方であるグレットは、本来の移動に使うはずだった馬車の前にいた。
豪華絢爛とばかりに派手な装飾を取り付けられ、大きな意匠が掘られたその馬車は遠くからでも目立ち、冒険者ギルドの裏側にある敷地に移動させるまで野次馬も大勢いた。この手のタイプは身分の高い貴族が移動用に使うものだ。【ユーラン】ではあまり視られないから仕方ないと言えば仕方ないが。
ハイキ達が【アームズ工房】の特注馬車で【ガルソフィア】に向かってから、グレットは馬車の点検を続け、今ようやくその作業が終わった。
その結果…
「問題はないな。」
そうはっきりと口にした。
「やっぱりか。」
グレットの言葉を聞いたオルゼは苦い顔のまま、馬車の扉を開けて中に入り込む。
「馬車としてなら問題なしだ。動きに異常はない。だが…」
「護衛としてなら、この馬車は問題だらけだ。」
オルゼはすぐに馬車から降りると、ため息をついた。
「…この馬車の解析を頼めるか。」
「ああ、こっちから言うつもりだった。ねじ一本まで徹底的に調べてやるよ。」
二人は深刻な顔でその馬車を今となっては不吉にしか視えないその意匠を睨んでいた。
七月中に更新出来ました!
いつも以上に遅くなってしまい、すみませんでした!!
次回更新八月予定です!