第百一話 素性を知りました
出張店舗の話から一週間後。
俺は【ユーラン】の冒険者ギルド支部長室にいた。
「頼むぞ、ハイキ。」
オルゼさんのゴツい手を肩に置かれながら、俺は声を出して確認をする。
「出張店舗は薬草採集のついでですからね。ヤバイと思ったらすぐに帰りますからね。」
「ああ。【ガルソフィア】の冒険者ギルドにもそれは伝えて了承もとれている。『出張店舗は別の依頼のついでに行う事』、『横行しているハイキ商店の偽物を閉め出す事が目的であり、ハイキ商店は【ガルソフィア】の問題には一切関わらない』と…」
今から俺は【ガルソフィア】へ向かう。
正直、不安でいっぱいだし、なんなら今も逃げ出したいけど…
「ヒヒヒ、心配しなさんな。ハイキ。」
当然のように何故か支部長室にいるレミト婆さんは相変わらずの様子だ。
「アンタは道中、楽しんでいけばいい。とっておきの護衛もいるからね。」
その護衛は支部長室にはいない。
なんでも、移動に使う馬車に何か細工がされていないか確認に向かったそうだ。
「…なあ、ハイキ。本当にいいのか?」
オルゼさんの言葉が誰に向けて、何に対してなのかは分かっている。
「ええ、大丈夫です。護衛はあの人でいいです。」
俺はそう答えながら、窓の外…馬車の中を調べる護衛の姿を見た。
「ジキルさんを俺は信じます。」
*******
「アタシが弟子にとった男はジキル。アンタを襲った【獣爪団】の元団長だ。」
レミト婆さんは護衛の提案をして、すぐにジキルさんの事を教えてくれた。
ジキルさんが【獣爪団】の団長だった事。
あの騒動は副団長とその部下が勝手にやっていた事でジキルさんは直接関わっていなかった事。
【獣爪団】が資金源にしていたビジネスと【獣爪団】の持つ資産を全て手放す事、副団長とその直属の部下達の身柄を警備隊に引き渡す事、そして【獣爪団】の解散…
それを条件にジキルさんと残りの団員は見逃された事。
レミト婆さんは一つ一つを細かく説明してくれた。
「この事は【旧市街】も含めた【ユーラン】の上の連中、全員が納得している。そこのオルゼもね。」
「それとこれは別だ!」
渋い顔をしたオルゼさんが声を荒げた。
「あの男がハイキを恨んでいるとは考えないのか!ジキルにとって、ハイキは【獣爪団】を解散させる事になった要因の一つだ、報復も有り得る!」
「ジキルはハイキを恨んでいないし、何かしようとも思っていない。頭も良いし、強さも申し分ない。護衛としてはかなり優秀な部類だよ。」
「だからだ!!」
ダンッ、とテーブルを叩くオルゼさん。
少し前までレミト婆さんに気圧された人と同じとは思えない。
「そんな奴が護衛になってみろ。【ガルソフィア】までの道中、何か起きるとは思わないのか!?」
…俺は何も言えなかった。
俺はジキルさんの事を何も知らなかった。
いつもお店に薬草茶を届けてくれる人。
人見知りの俺が世間話が出来るくらいには仲良くなったと思った人。
…でも、その内面に俺への憎しみや恨みがないとは言い切れない。
それにこんな話を聞いた後では、護衛になってもらっても疑いの目を向けてしまう。
「何も起きない、いや、起こせないさ。」
レミト婆さんは断言すると、ポケットから一枚の古びた紙…羊皮紙って言うんだっけ。それをテーブルに置いた。
「!?」
それを見たオルゼさんの顔が固まった。
俺も羊皮紙を見ると、そこには変な記号や文字がびっしり書かれていた。
だけど、一番気になったのはそこじゃない。
『ジキル・サライアットは
これは【魔道契約】による契約が為された瞬間から有効となり、契約者同士の合意がない限り、無効に出来ない』
…なんだこれ?
【魔道契約】って書かれているから、あの【魔道契約】なのは分かる。
魔法を使って永久に効力を発揮する契約…
でも、これ…
ジキルさんの名前だけ書かれていて、空白がある。
内容が書かれていない?
どう見ても途中だよな。
「な、なんだこれは!?こんなの…!!」
オルゼさんは今日一番に動揺している。
「それがジキルの意志さ。アンタはこれでも足りないと言うのかい?」
レミト婆さんの言葉にオルゼさんは今度こそ黙り込んでしまった。
…なにかおかしい。
ジキルさんが俺に危害を加えないように【魔道契約】を結ぶ…
そういう意味じゃないのか?
内容は今から書くとして…
………
…………まさか。
俺はもう一度端から端まで羊皮紙を見た。
俺は【魔道契約】をした事はない。
だから、何が必要で何が足りないかもこの羊皮紙を見ても分からない。
けれど…
内容の空白以外に、不自然な空白はないと思う…
それが意味するのは…
「『契約内容はハイキが自由に書いていい』、ジキルが自分から言った事さ。」
次回更新七月予定。
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