〜異世界でも根性で生き抜きます!〜
朝4時半、目覚し時計より少し早く目が覚めると、アラームが鳴るまでのわずかな時間の余韻を楽しむ。
(冬の朝はこのまどろみが気持ちいいんだよなぁ。)
鳴り始めたアラームを止めながら、独り言をつぶやく。
体を動かそうとしているのか、心臓は血管が破れそうなくらい脈打ち始める。
「おはようございまーす!」
まだ日も明けないうちに、出社すると隣の机に死にそうな顔をした先輩社員がいたので声をかける。先輩社員はうなずくばかりで、青白い顔色一つ変えようとしない。
(朝から辛そうだな...また、部長のイビりか?)
今にも泣き出しそうな横顔を横目で見ながら、自分のデスクについて仕事を始める。
入社して6年。いわゆるブラック企業に勤め、同期は既にほとんど残っていないが、辛いと思ったことは無い。
職場の人間からはお前はネジが何本か抜けていると言われたことがあるが、それは自分でも自覚している。
小学校時代は、いじめっ子の同級生3,4人から牛乳を拭いた雑巾を投げつけられまくったが、そのまま笑顔でひたすら追いかけ回して、逆に泣かせてしまったり。
中学校時代は、テストで良い点をとったらゲームを買ってやると親から発破をかけられ、1週間徹夜した挙げ句病院に運ばれたり。
高校時代は、高校入学を機に始めた野球部で、素振りをし過ぎて何回も疲労骨折を起こしたり。
そういったことを起こす度、親や先生からは辛いときは休みなさいとよく言われるが、辛いという感覚がよく分からないのだ。
眠い・痛いという感覚は分かるが、それが辛いという感覚に結びつかない。
(こんなんじゃ、彼女もできないよなぁ...)
前の彼女に、人の気持ちが分からなすぎる!と言い捨てられてからたまにそんなことを考える。
(ま、天涯孤独の身だし別にいっか!)
仕事をしながらそんなことを考えていると、24時を知らせる案内が人がまばらなフロアに響く。
(おっと、そろそろ終電か。早く帰らないと。)
数年前は会社に寝泊まりしていたが、そのときに上司に大目玉を食らってからは、一応家に帰るようにしている。
少し急いで荷物を片付けて、駅に向かうと、ホームに隣の机の先輩がいた。
「お疲れ様です!今日も一日大変そうでしたね!」
今日も部長から怒鳴られて、朝より青白くなっている先輩に声をかける。
「ブツブツ...ブツブツ...」
先輩が何かを喋っているがよく聞こえない。
「ブツブツ...ブツブツ...」
「大丈夫っすか?先輩?電車そろそろ来ますよ?」
様子がおかしい先輩達に声をかけるが反応が薄い。
そして、最終電車が間もなく到着するアナウンスが流れた途端、先輩がホームに向かって勢いよく歩き出し、線路に飛び込んだ。
一瞬あっけにとられすぐに後を追いかけ、先輩を線路から引っ張りあげようとする。抵抗する先輩を引き摺り上げられそうになったときそれは聞こえた。
『もういいや、リセットだ。』
次の瞬間、先輩と入れ替わるように線路に落ちた俺は電車に轢かれ、29歳の人生に幕を下ろした。