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花束を持って、君と  作者: 雲雀ヶ丘高校文芸部
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3話-27

 班長に抜擢されてから、私の仕事量は格段に増えた。

 皆への紹介──これは無事受けいられた──から始まり、登山をする度にその前後でミーティング、班員への説明、資料探しと、山小屋への連絡方法も教わって実際に電話をかけた。雨天の場合の行動や、休憩の最中に気をつける所、登山マナーや害虫や獣と出会った場合の対処のレクチャー等、学校の授業で教わるのに匹敵する量の知識が詰め込まれた。

 色々な事を学んで、ある時、一つの真理に辿り着いた。

 年寄りの云う事はきちんと聞く。

 ルールやマナーを守り、団体行動をとる。

 子供の頃から云われてきたそれらの言葉。その言葉の意味をあまり深く考えず、ただ云われたままに行動してきた。

 けれど、今ならその意味が分かる。

 山に登る為に必要な事。それは、その山を登った事がある経験者と共に登る事。次点で、その山を登った事のある人の話を伺う事。

 経験者の云う事、それは、命を守ること。

 ルールやマナーを守ることも、命を守る事につながる。

 日本人の食中毒の原因、最近はアニサキス──魚の寄生虫が知名度を上げてノロウイルス──牡蠣毒に迫ろうとしている。以前はカンピロバクター──鶏肉の生焼けが原因である事が多かったが、そのランキングの上位に常にランクインするのが、山菜の誤食だ。

 自分で山に入って山菜を摘んでくる。

 山で採れた山菜を友人に分けてもらった。

 誰かが採ってきた山菜が安く売られていたので購入した。

 そして、それらの中に間違えて有毒植物が入っており、食べた者は死んでしまう──。

 その他にも、山で遭遇した熊や猪に襲われたり、遭難したが、誰もその人が登っている事を知らずに助け出されなかったり、獣除けの電流柵に不用意に近づいて大怪我を負ったり。

 これらは、ルールやマナーを守らず、また、他人の話を聞かずに私利私欲の為に山に関わった結果だ。きちんとルールやマナーを守っていれば、地元の方の云う事を聞いていれば、事故は起きなかった。中には命にかかわる出来事だってあるのだ。

 ワンゲルだって、団体行動中にもし悪天候になったら。前が詰まった時に後ろから押されたり、細い道で足を踏み外してしまったら……危険は常につきまとい、けれども人は痛い目を見なければそこに意識は向かない。実際、登山を楽しいものとして認識している何%の人が、登山を恐ろしいものと認識してくれているのか。考えれば考える程、私は泥沼にはまってしまった。

「そんなの、考えなくて良い」

 西園寺先輩にその事を相談したら、意外な答えが返ってきた。

「世良、登山が恐ろしいものだなんて私は考えてないぞ。

 登山で人が死ぬのは事実だ。実際毎年何人か出てるしな。

 だがな、私たちはリスクを下げて登山をしている。事前に登る山について調べたり、過去に大勢で登った団体がいるかどうか、安全なルートがあるかどうか調べている。

 登山計画書を作成して登る前に各方面へ提出している。部費から一日単位で登山保険にも加入している。部員全員分だ。

 もう一度云う。私たちはリスクを下げて登山をしている。リスクは所詮リスクだ。どんなことにも危険は付き纏う。海で泳ぐのだって、危険は危険だ。だが、私たちが考えるのは、皆がどう怖がって山を登るのではなく、皆がどう楽しんで山を登るかだ。お前はどうなんだ? お前が得た山の知識は、お前を崖から突き落とすのか? 違うだろ? その知識はお前や仲間を守ってくれる知識だ。だから、怖がらなくていいんだ」




 ──怖がらなくていいんだ。この言葉で私は本当の意味で班長になれた。先生やおみも今ではA班のしんがりを務める私を完全に信用してくれて、私もその期待に応えるよう、皆が楽しんで登山出来る様に頑張っている。


(羽月さんや春日野さんと登った時も楽しかったな)


 あの日は雨が降ったり、ヒルに噛まれたり体調を崩した班員が出た。B班でも体調を崩した班員が一人いたそうだ。だけど、班員たちは最後まで自分の力で登った。山頂へ辿り着いた時も、そして登山口まで下りた時も、彼女らはやり切った顔をしていた。そして、それを見届けた私自身も。

 喉が渇いて、額に浮かんだ汗は頬を伝って地面に落ちた。

 だけど、負ける事を怖がってはいけない。勝つ事を楽しまなければ!

 私はポワンテの練習ばかりで一向にティールの練習をしてこなかった。西園寺先輩のティルールとしての技量を横で見て知っていたので、自分はひたすらポワントゥールに徹した。けれど、

 (──ティールの練習もすればよかったな)

 私の手を離れたブールは相手ブールの横すれすれを通り、遠くまで転がってしまった。これで、私たちの勝ちはなくなってしまった。

 やり切った思いと、先輩を勝たせる事が出来なかった思いがないまぜになり、溢れ出した思いが目から流れ出た。

 振り返ると、先輩が小さく拍手していた。そして、その口からブラボォと。

「先輩、私、外しちゃいました……」

 口に出した途端に感情が弾けて、涙が両目から溢れ出した。サークルから一歩踏み出した私に先輩が駆け寄って抱きしめる。

「よくやったな……楽しめたか?」

「そりゃもう最高でしたよ、うわぁぁぁぁん!」

 泣きじゃくる私を先輩が待機場所まで連れて行き、それと入れ替わるようにしてサークルに立った羽月さんが、見事なポワンテを決めた。

「集計が終わりましたっ!!

 合計点13-11で、この勝負、陸上部の勝ちですっ!!!」

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