3話-17
「あそこに見えるのが鍋割山だ。標高がこの塔の岳よりやや低い約千三百メートル。二百メートル程の差がある」
西園寺先輩が示す先に、少し低い山が見える。
「鍋割山を通るコースもあるし、ここからでもなだらかな道が続き歩いててとても気持ちが良いぞ。ただ、今回は予定に組み込まれていないから、帰りも同じルートだ」
せっかく山頂に来たのだからと、西園寺先輩自らが私とチョコに周りの山々の説明を申し出てくれた。地図を片手に説明をしてくれる。
「どうだ。塔の岳以外にも、ここ丹沢は登りたくなる山が沢山あるだろう」
先輩の説明では、丹沢は初心者向けのコースが多く、麓までバスが何本も出ているのでかなりおススメだそうだ。勾配のある道も一部で、登山というよりはハイキング気分で登れるらしい。
「それでも、最低限の準備は必要だ。飲み物、食糧、折り畳み傘にタオル、着替え。後は懐中電灯だな。スマホがあるから地図もコンパスも今は要らないな。便利になったものだ。
便利なスマホだが、場所によっては電波が立たないから注意が必要だ。
準備で一番必要なのは、その山の知識がある登山経験者だ。その人の云うとおりにすれば、間違いはない」
どんなに気をつけていても、毎年遭難者や死人が出る。このワンゲル部が、所謂縦走競技をしないのは、「山を愛し登山を楽しみ自然を親しむ」という昔から連綿と続く先輩方の古くからの教えがあるかららしい。
「元々は富士山信仰から始まったこのワンゲルだけどな。柿生の丘をミニ富士山に見立てたり富士山の代わりに丹沢山を登って、夏休みには金を出し合って富士山の頂上で朝日を拝んだりしたんだ。
今でも無病息災を願って山に登り続けているが、その途中で怪我人を出したらそれこそ本末転倒だからな。
先生も学校の卒業生だし、その教えを受けた私も、その後を引き継ぐ世良も、先輩方の教えを守り続ける。信仰は続いていくんだ」
今ではその信仰は単に富士山に憧れるという物ではないのだろう。
山を愛し登山を楽しみ自然を親しむ。
先生から信仰を受けた西園寺先輩。その西園寺先輩の信仰をこれからのワンゲル部員が受け継いでいくのだ。それは長く長く続く命のバトンで、今まさに、世良先輩に渡されようとしているのかもしれない。
そして西園寺先輩は、下山前のミーティングがあるからと云って、私たちを残して先生の元へ行ってしまった。残された私たちは、視界に連なる山々を忘れないように、しっかり目に焼き付けておく。
「真央さん、またいつかこうしてここに来ましょうね」
チョコが小指を伸ばした右手をこちらに近づける。私にとっての指切りがどういう意味を持つか知っての上での事だろう。私も頷いて、右手の小指を立てる。
「うん、またいつか来よう。ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん──」
今日の事は忘れない。チョコと登山した経験は、私にとって高校に入学してから一番の思い出になった。




