3話-4
「説明は以上だ。各自、質問はあるか?」
「オリエンテーリングなら自信あるから、今から変更できる? クラスメイトのよしみで」
西園寺先輩と共に生徒会室に来た世良しのぶ先輩。二年生で、ワンダーフォーゲル部の部員だ。背が高く、前髪を短く揃えていて、周りも耳にかかるくらいにしている。眼鏡から覗く目はキラキラしていて、とても愛嬌がある。
「変更はできない。ただ、オリエンテーリングはいいな。追加しておこう」
「そっか、残念」
その割に残念そうに見えないのは、同級生としての冗談だったのだろう。世良先輩は西園寺先輩の方を見て肩をすくめ、片眉を上げた。古都会長は愛理先輩から新しいカードを受け取り、オリエンテーリングと書いて箱に入れた。魔法のポケットに入っているビスケットの様に思いつく度に増える中身は、その内溢れるかもしれない。
チョコも手をあげた。
「ルールを覚えたり、練習するのはどちらで出来ますか?」
「球技部は宇佐見がいたな。部長に頼んで宇佐見ともう一人借りる。ルール説明も練習も球技部に引き受けさせるから安心しろ。真さん、お願いできますか?」
「喜んで」
部長から頼まれた黒崎先輩は早速動き出した。一日の一時間目はHRの為、今動き始めれば顧問の先生にも、球技部の部長にも連絡が取れる。黒崎先輩が出かけている間に、優穂先輩と松本先輩が前に出て、優穂先輩がカードを引く。大道芸研究会がリベンジマッチを仕掛けたのである。
書かれていたのは──缶蹴り。
会長がまた「当たりだな」と云っている。全部当たりだな。
優穂先輩が嬉しい顔をしている反面、松本先輩は苦い顔をしている。
「どうしたんですか? 松本先輩の能力ならあっという間に勝てそうじゃないですか?」
空を飛んだり分身したりして、すぐ缶を蹴れそうなのに。
松本先輩はこちらに近づいてきて、小さな声で話し始めた。優穂先輩はあちらでキョトンとしている。
「缶蹴りは確かに情報戦だが、どの対戦内容だって向き、不向きがある。俺は昨年、当時未だった三年生に缶蹴りで対戦し惨敗している。その内容をあいつは一部始終見ていた。参加者はその三年生とあいつだったんだ。昨年と違う方法を考えつかないと、俺は確実に負ける」
情報を持っているからこそ、対戦前に負けが分かる事もあるのか。
「ファイトですよ、先輩」
「そうです。気合いでなんとかやりましょう」
チョコと二人で応援してみたが、「お前らみたいに気合いと根性で勝てたら無理はねぇよ」と毒づき、あちらへ戻ってしまった。失礼な人である。
缶蹴りについて会長からの説明を皆で聴いていると、黒崎先輩が帰ってきた。
球技部からの許可が取れたことで、本日の放課後にグラウンドへ集まる事になった。一応、着替えてからきてねと云われた。
私たちが黒崎先輩の話を聴いている後ろで、会長の目の前で大沢先輩がカードを引いていた。
「あちゃ〜」
小峰先輩と大沢先輩は二人とも顔をしかめた。どうやらオリエンテーリングを引いたらしい。
「世良、わるい」
「しのぶちゃん、ごめんね」
オリエンテーリングを希望していた世良先輩に気を遣って二人して謝罪する。
「どうしたんですか、二人とも。先輩方の本気のオリエンテーリングが観れるなら、これ以上面白い事はないですよ」
反して気を遣われた世良先輩は、眼鏡の奥からキラキラと瞳を輝かせていた。丑と寅の真剣勝負、しかも頭脳対決が二ヶ月続いた後なので、ギャラリーもさぞ盛り上がるだろう。