2話-27
土曜日の朝──ここが正念場だ。
奇跡的に雪がやんでいた。雨戸を開けた衝撃で、屋根に積もっていた雪が落ちていく。落ちた雪は二階の窓と地面のちょうど半分くらいの位置で止まった。もうそこまで雪が積もっていた。
眠たい目をこすりながら、階段を降りる。リビングに伊吹先輩がいて、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。
「ネットニュースじゃないんですか?」
「新聞の方が、ライターが社の看板を背負っている分、しっかりとした記事を書く。校正の目を厳しいしな。ネットニュースは見出し勝負の場合が多いしな」
「ふふ、それって偏見」
「かもな」
先輩の後ろを通るときにチラッと新聞の方に目を向けた。文化面だった。
先輩は気づいていた。「新聞の良い所は……自分がアンテナを張ってない事柄も教えてくれるって事だ。ほれ」
綺麗に折り畳まれた新聞を渡された。記事を読む為に新聞を折り畳むのは、実は案外難しい。デパートの包装と同じでスキルを必要とするのだ。
渡された記事を見て、思わず微笑んだ。
「四コマですか。この漫画懐かしいです。まだ続いていたんですね」
「その下だ」
いけない、四コマではなかった様だ。冷蔵庫から野菜ジュースを取り出してコップに注ぐ。立ったまま一口飲んで、再び記事に目を向けた。勿論、四コマからだ。
記事は、大手電機メーカーが新規開発した介護ロボットの試験運用の様子と、手応えを感じて増産に踏み切る旨が書かれていた。そのまま装着して事足りるフルスペックのロボットと、組み替える事で色々な身体の部位に対応することが出来る廉価版の二種類を発表していたが、どうやら廉価版の性能がとても高く、フルスペックに引けを取らないらしい。
「確かに、こういう記事は私にあまり馴染みがないですね。祖父母も元気ですし、両親は気にしているかもしれませんが、個人的には凄いなぁ位しか」
「その廉価版のデザインをしたのが、本澤とその親父だ」
「へぇ〜。……!!?」
思わず記事を二度見してしまった! 手に力が入り、新聞に皺が寄ってしまった。
「全然知りませんでした」
「その会社は家族経営で有名だが、彼の父は時期社長と目される、現社長の息子の妹の婿養子だ。
彼の父は腕は確かで実直、口もそうとう堅く、顔もいい。社長の娘に気に入られ、社長も彼の父を囲う為に秘書を通して縁談を持ち掛けた。彼の父も、今までより良い仕事ができると、話を受けた。
誰よりも喜んだのは社長だったかもしれない。それから会社の業績は安定して上昇し、二人の間に生まれた子供はまた天才だった。
今では親子二人してアドバイザーとなり、新規事業が立ち上がる度にその爪痕を残していくので、業績はうなぎのぼりらしい」
「そんな細かい情報、何処で調べてくるんですか?」
「本澤から直接聞いた。自らペラペラ喋ってくれたよ」
あの見た目の本澤先輩に声をかけるなんて、伊吹先輩のフットワークの軽さに呆れる。同時に、それだけ貪欲に手を伸ばし続けるからこそ、大量の情報に埋もれている中から必要とする情報のカケラを手にするのかもしれない。
「あ、でも名前が」
社長の苗字は本澤ではなかった。
「そこは次期社長より婿養子の部下の方が仕事が出来るんじゃ対外的に印象が悪いってんで旧姓のままらしい。社内じゃ周知の事実だけどな」
本澤先輩はあの年で稼ぎに稼いでいるらしい。新しいプログラムを組んでは売り、発明をしては売る。稼いだ金でまた発明をする。この高校を希望したのも、卒業生の父親の影響があったらしい。
お父さんも昔云ってたな。元々自動車やバイクは見ただけで名前を云えたけど、私が生まれてから、街いくベビーカーのブランドを云える様になったって。
誰かと二人で街を歩いていても、見てる景色は同じ様で違うんだなというのが、今日の教訓でした。伊吹先輩も、
「これからこのメーカーの記事やCMを目にする度に、舞咲は意識せざるを得ない。新しいアンテナを張れてよかったな」と云っていた。よかったかは別として、電気屋に買い物に行けば、このメーカーの商品をついつい目で追っちゃうんだろうなとは思った。
朝ご飯は買っておいたあんパンに無塩バターを塗ったものにした。伊吹先輩はバターを溶かしたフライパンで肉まんを潰しながら焼いて食べていた。以前何処かのサービスエリアで食べたらしい。どちらも、コーヒーが抜群に合った。
九時半迄精力的に働いた。雪はチラホラ降り始めていたが、変身した事で遠くまで見渡せ、身体も普段よりも動かそうとした箇所に自然と筋肉が働く様に感じられた。運動はあまり得意じゃないので、これはありがたい。
伊吹先輩は当たり前の様に分身に働かせていた。途中でブチッ、ブチッと何かを引きちぎる音が聞こえるのだが、気にしない。
私たちは作業をする際に服飾部から用意してもらった衣装を着て作業をしている。私のはスキーウェアを改良して、暖かさと可愛さを両立させた物だった。先輩のは見た目が真っ黒な薄手のジャージ仕様だった。真っ黒な衣装を着てブチブチやる姿は、昨夜に見たときは恐怖しかなかった。今は、極力気にしない事にしている。
屋根に登って雪を降ろし終えて一息ついてると、伊吹先輩が下から何か投げてくれた。犬の身体能力で普通にキャッチするとそれは水筒で、中に熱々のコーヒーが入っていた。少し変身を解いて、火傷しない様にする。
ふぅふぅ冷ましながら、コーヒーをいただく。屋根に座りながら辺りを見渡した。辺りは雪が降り積もり、寒さを耐え忍ぶ木の様子や、自分の重みに耐えきれなくなり、塊となって川に落ちて流される雪を見ていると、ここが作られた施設の中とはとても思えなかった。とても自然に作られており、対戦に集中できる様に生徒会が真剣に環境を整えてくれているのが伺える。特に古都会長は、表向きの態度とは裏腹に、「下克上」の為に色々手を回してくれている。
……と、伊吹先輩から少し伺った。
今日の十時で対戦は終了する。結果は楽しみだしその為に全力を出しているが、それだけじゃない。豪雪地帯に住んでいる生活の厳しさを身をもって体験しているし、たった二日だが、他人と過ごす難しさや楽しさを感じられた。特に、生活が家族と密接に繋がっている私にとって、この二日間は未知の体験の連続だった。この対戦を用意してくれた生徒会や他の部活の方々、そして理解してくれて妹たちの面倒を見てくれている両親に感謝をしたい。
隣の家のベランダから、春日野さんと羽月さんが出てきた。
「もう、屋根の上でスケッチするのやめて下さいよ!」
「いや、今回の対戦で内容を聞いた時、これだけはやらないとって心に決めていたんだから!!」
オススメのアニメがどーのこーの云っている羽月さんと、意味がわからないと叫んでいる春日野さん。相変わらずハイテンションだ。
伊吹先輩が二人に声をかけて水筒を放り投げていた。熱々のコーヒーを飲んで舌を火傷する二人に、変身を解いてフードを脱ぎ、両手を口に添えて大声で叫ぶ。
「十二支はもれなく猫舌だぞー!!!」
笑う先輩と熱さに屋根の上を走り回る二人。羽月さんは屋根から落ちて「覚えてろー! 後で仕返してやるー!!」と叫び、熱さの引いた春日野さんは私と目が合うと照れ臭そうに舌を出して。私たちは一緒に笑いあった。




