エピローグ
「──こうして、真央とチョコは見事我ら生徒会に打ち勝ちました……と。めでたし、めでたし」
鈴森はその間もクリームボックスに手を伸ばして、その山を半分まで減らしていた。「話はこんなもんかな。二人とも、どうだった?」
「……自分は猫先輩の印象が随分変わりました」
「……私も同じです。話の真央さんって、本当にあの猫先輩なんですか? とても同じ人物には見えませんけど」
「はははっ、それこそ猫被ってるんだよ、真央はね。おぉ、噂をすればなんとやらだ……」
「やっほー!」
「こんにちは」
真央とチョコが両手に抱えきれない程の荷物を持ってやってきた。
「あ、チョコちゃん!」
「一華ちゃん!」
テーブルの上に荷物をおろすと、チョコは一華と両手タッチをかわす。
「一華ちゃん! 葵ちゃん! 生徒会三年間お疲れ様でした!!」
「ふふっ、ありがとうチョコちゃん」
「ありがとうございます。……それにしても、二人ともその大量の荷物は?」
「勿論、今日の為の料理だよ? これから他のみんなも来るんでしょ? あ、一年生の二人もお疲れ様。沢山もってきたからいっぱい食べてね」
そう云って次々と袋から料理を取り出していく。
「はい! やった! 肉だ!!!」
「あ、はい。ご馳走になります……」
「松本先輩が腕によりをふるって──かけてだったかな? ──作ってくれたから、こんな量になっちゃった」
そう、この料理は伊吹からの差し入れだった。
チョコが一華に囁く。
「後から来るみたいだよ」
「うん……楽しみ」少し頬を染めて、嬉しい気持ちが溢れる一華。
「さぁさ、鈴ちゃん主導で料理を並べるよ! よっ、名ウェイトレス! 頑張って!」
「まったく人使いが荒いんだから。真央ちゃんも動いてよ」
「勿論!」
凄まじい速さでテーブルに料理を並べていく真央と鈴森。それを見て一年生たちは呆然としている。
(会長を顎で使ってる……)
(猫先輩もですけど──会長や副会長も自然なご様子で……ふふ、)
「ははは!」
「うふふ」
「おや、なんかおかしい事でもあった?」
鈴森が笑いだした二人に訊ねる。既に料理は並べられ、残りは大きな箱一つとなった。
「ええ、だっておかしいんですもん」
「自分、焦っている会長見るのが珍しくて仕方ないです! それに、先程会長がお話しくださった真央さんと今の真央さんがその通りすぎて……」
「な〜に〜? 鈴ちゃん、もしや私たちの事話してたの?」
「いやぁ、偶然偶然。ね、一華さん」
「うん。あくまでもあの年の事をさらっとね、さらっと」
「あー! そんな調子じゃガオカの歴史に私の名が残らないじゃん! 駄目だよ、やるなら徹底的にだよ!!!」
「そうですよ! 私も多少なりとも貢献しましたし、一華ちゃんと葵ちゃんも当事者なんですからしっかり記録に残しておかないと!」
記憶に残すと聞いて、俄然張り切りだす黒髪の一年生。
「あ、なら私、メモとっても良いですか?」
「いいよ! ボイスレコーダーもセットしてね!」
「はいっ!」
「ならここからは私たちしか知らない話。ねぇチョコさんや──もう時効だよね?」
「話しちゃってもいいんじゃないですか? 私と真央さんが大間抜けって話が伝わるだけですから」
「ぐっ……、致し方ない。包み隠さず話すとしよう。
では生徒会諸君! これが本当の「下克上」です! 耳をかっぽじって〜よく聞いてくれたまえ!!」
「「はい!」」
「うん!」
「ええ!」
「良い返事をありがとう!
ではいきます。あれは四月。まるで私たちの恋の門出を祝福するかの様に満開に咲いた桜が──」
真央による主観しかない助長された物語が語られる間も──
次々に人がやってきて……、
「やっほー! きたよ!」
「明日香さん! ……と円さん。 どうしたんですか? そんなお疲れのご様子で」
「……この子マジで迷子になるから……大変……だった」
「あ〜、ごめんね円」
「お疲れ様」
「伊吹くん!」
「え、誰あのゴリラ……」
「おい一年、聞こえてんぞ……?」
「ひぃ! すみません!!」
「松本先輩、昔よりだいぶ顔が濃くなってませんか?」
「おう。世界中見て回ってるからな。髭を剃る暇がない!
こないだは南米、中東、その前は──」
「皆、お疲れ」
「会長ー!!」
「……引っ付くな。今は鈴森、君が会長だろ?」
「だって……だって……」
「あ、会長、お疲れ様です」
「会長云うな。ボクだってとっくに引退したよ……」
「お疲れ様ー!」
「お疲れ様です」
「あ、紅律さん、愛理先輩!」
「愛理先輩ー!」
「……くっつかないでよ。恥ずかしいから」
「だってー! ……愛理先輩もそんな事を云うんですね」
「も? ……まさか貴女、会長にも……」
「えぇ、抱きつきました」
「ええ!? なら私もー!!」
ガシっ!
「え、え……な、ん、で……」
話の流れで抱き着こうとした紅律は肩をがっしりと掴まれ、ゆっくりと振り向くとそこに鬼がいた。
愛理が指でジェスチャーをする。
(アレ……ダメゼッタイ……ワタシノ)
「いいじゃんケチー! ねぇ朱雀くん、愛理に愛想尽かしたらすぐにでも私がぐぇっ!?」
「あはは、なんだか昔みたいに活気に溢れていますねぇ」
「本当ね。あの頃を思い出すわ」
今では会長と副会長の鈴森と一華も、もうすっかりあの頃の二人だ。
──そしてその場にはもう一人欠けてはいけない人物も。
「まったくだ。変わらないな、ここは」
「「黒崎先輩!!」」
「真さん、お疲れ様です」
「おう、お疲れ様。で、まずは、生徒会のみんな、一年間お疲れ様でした」
「お、お疲れ様です!」
「ありがとうございます!」
真の労いの言葉に、一年生たちは背筋がピンと伸びる。
「うわぁ、大人だ……」
「誰一人後回しにしていた生徒会への挨拶を真っ先にするなんて……」
皆が真を褒め称えるが、真からしてみれば云っている事がおかしい。
「……いや、これが普通だろ? お前たち一体何をやってたんだ?」
そこからは他の皆も交えて当時の話をする。
「あぁ、そこは俺が活躍しないから全面的にカットでいい!」
「はい! そこだけは譲れないところです。はい!」
「そこでしゅうちゃんが私に……ぐへへ……はっ、コホン、私にですね……ちゅ、チューを……」
「してないからな!!!」
「しゅ……しゅうちゃん!!」
「ここからはおれが監修する! 変な記録は残すな!!!」
修弥がやってきてから話はやがてハンドルの効かない車の様に右へ左へ道を外れていき……、泥レスの様に汚い戦いを繰り広げた後、漸く日が暮れる頃に終わりを迎えた。
⭐︎
黒髪の一年生ははやる気持ちを抑えられずにいた。
(自分たちの部活のルーツが聞けただけではなく、こんなにも色々な出来事があったなんて……)
登場する誰もが物語の主役で、誰の視点から見るかによって物語の姿も変わっていった。全ての人物の行動が、まるでパズルのピースのようにはまっていく──、
(これだ! この物語を自分の手で書き残したい! 残さず聞くんだ。この物語が一体誰が、誰の為に始めたものなのか。誰の想いが、また別の誰かを動かしたのか)
黒髪の一年生は、想像を巡らす。
「さぁ、いよいよ本日の目玉だ!」
誰も手をつけていなかった大きな箱を伊吹がテーブルのど真ん中に持ってきて、その中身を露わにする。
それは、今日という日の為に用意された、巨大なケーキだった。
「克馬監修のケーキだ。あいつも今忙しいからな」
「先輩と同じく世界中を飛び回ってますもんね。テレビでも見ない日がありませんし」
「他のみんなにも来てほしかったよね……残念」
「いや、またいつか会えるさ。離れていたって、皆元気にやってるよ」
チョコの言葉を真央が拾って、朱雀が繋ぐ。
またいつか──会えるさ。
「じゃじゃーん! 私、これ、用意しました!」
巨大ケーキに合わせて一華が巨大ろうそくを取り出す。「みんな、一本ずつ好きな所に刺していってね」ろうそくを配り、自分は着火する為の道具を手に持つ。
それを見たチョコの気持ちはいか程だっただろう。
「一華ちゃん……」
「ん? チョコちゃんなぁに?」
何も無かったかの様に自然に振る舞う一華の姿に、チョコは自分が云う事は何もないんだと悟った。
──その気持ちは、自分の胸の裡にしまっておくとしよう。
「……ううん、良いんです」
チョコは首を横に振ると、あの日一華が云ってくれた言葉を発した。
「なんだか今日が、まるで自分の事の様に嬉しいんだ……」
そして一華がろうそくに火を近づける──。
黒髪の一年生はその様子を皆と一緒に眺めていた。その心に、新たな想いの火が灯る。
「あの! 先輩がた!!!」
「「ん?」」
皆が一斉にこちらを見るが、その眼差しに射抜かれて自分の心は益々燃え上がった。
(余すことなく書ききるんだ!! 誰もが主人公であった、この物語を!!!)
ペンを持つ手に力が入る。「文芸部」に所属して、はじめての大仕事になるかもしれない。
書き出しは──こうだ。
『有名な小説の書き出しに──』
〜おしまい〜