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花束を持って、君と  作者: 雲雀ヶ丘高校文芸部
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6-29話

「ねぇ、あたしから提案があるんだけど」

 彩乃が申し出ると、演奏後の楽器の手入れをしていた三人とも興味深そうに彩乃を見た。代表して克馬が口を開く。

「珍しいな。曲を提供しただけで後は操り人形みたいに従ってただけの彩乃が」

「てめえ、そんな風に思ってたのか!?」

「おい、素が出てるぞ」

「あ……ごめん」

 四人の中ではどちらの彩乃も彩乃と扱われていた。大人しい方も怒りっぽい方も分け隔てなく。今では彩乃もどちらが素の自分なのか分からないほど自然でいられた。

「あのさ……、この曲って自分で書いててなんだけど、結構静かに終わるじゃん」

「そうだな。切ない曲だからな」克馬たちは詩の世界観について事前に彩乃から聞いている。「こんなもんだろ。それとも、底抜けに明るく終わらせたいか?」

「終わらせたい!!」

「……冗談だろ?」

「ん! これ!」彩乃は自分の鞄から一枚の紙を取り出した。そこにはぎっしりと音符が書かれている。練習の合間にちょこちょこと書き込んでいた物だった。

 克馬は一通り目を通す。「コーラスワーク? まさか、これ四人分……?」

「そう。最後にこれをみんなでやりたいなって。……駄目?」

 彩乃はこの提案をするのにかなりの勇気を振り絞った。コーラスの内容は複雑でそう簡単には覚えられない代物だし、今とっているのと別に練習時間を設ける事になる。

 けれど、曲が完成に近づくにつれ、この曲の最後はコーラスで終わらせるという気持ちが彩乃の中で大きくなっていった。

 彩乃の書いた詩は、悲しい詩だ。

 夜に紛れて姿を隠し、昇る太陽とは反対側にいつまでも逃げ続ける人物の歌。かつて彩乃がそうだった様に、自分のアイデンティティを確立出来ずに苦しんでいる人に向けての歌だった。逃避行になぞらえて、永遠に夜の世界で生き続ける事を過去の彩乃は望んでいた。

 だが、いつか太陽は追いついて、彩乃を暗がりから光の元へ連れ出した。モノクロの薄明かりが次第に輪郭を帯びて、あらゆる色彩が瞳の中に飛び込んでくる様子は、彩乃の世界を一変させた。

 もしこれが歌で表現出来たなら、一人では見れなかった世界も四人でなら。そう思った彩乃は具体的なアイデアを書き溜めて、そうして出来たのがこのコーラスワークだった。

 案の定、克馬は困った顔をした。「もう時間もないからなぁ。……どうする?」

 ヒデも困り顔だ。「我らが彩乃姫がやれって云うんなら、しょうがないんじゃないの? 演奏もまだ完璧とは云えないけど……。イエは?」

「う〜ん。とりあえずやってみてどれくらいの難しさか分からないとなんとも云えないな。貸してみて」イエは克馬から紙を頂戴して四枚にコピーしてくる。「ちょっと合わせてみよう。彩乃は練習してきたんだよね?」

 彩乃はコクコクと頷く。「勿論」

「なら、ちょっとやってみるか」イエは楽譜に目を落とす。「いくぞ! いち、に、さん、し、いち、に」

 四人が同時に声を合わせる。歌いだすと彩乃は驚かされた。

(まさか一発で合わせてくるなんて……)

 ほぼ完璧、イメージ通りのハーモニーが生まれていた。この三人は本当の天才なんだろうか──そう彩乃が驚いていると三人は急に笑い出した。

 突然の事に戸惑う彩乃。一番早く落ち着いたヒデが安心させる様に両手で抑えるポーズをした。「じゃあ、種明かし。彩乃はこの楽譜をどこで書いていたんだっけ?」

「それは練習の合間にここで……って! ええ?」彩乃もようやく気づく。

「そうだよ。彩乃は隠れて練習してた様だけど、それは勿論俺たちもだった。隠れてなかったのはこいつだけだ」そう云ってヒデが楽譜を見せる。

 克馬たちは彩乃がいつかこの提案をする事を予想していた。「『彩乃が自分からやりたい事を提案したなら、俺はそれに応えたい』って前にカツに云われてたんだよね。だから俺たちは事前に準備できてる。

 過去に俺たちがやってきた事に彩乃が憧れた様に、現在(いま)の彩乃が何をしたいのか、俺たちはめちゃくちゃ興味があるんだ。彩乃の目指す音楽を、共に歩ませてくれ! ってカツが云ってた」

「いや云ってねぇよ。……思ってるけど」

 克馬は照れて顔が真っ赤だ。驚きの連続だったが、それよりも珍しい克馬の反応に彩乃がニヤニヤし始めると、頭をむんずと掴まれて、髪をぐしゃぐしゃにされた。不思議と嫌ではない。

 照れながら克馬が促す。「ほら、早くやるぞ!」

「うん!」

 ──こうして、ラストスパートに向けてコーラスワークも練習に含まれる様になった。






 突然始まった四人全員によるコーラスは、細かい網目を潜り抜けて、その生地を徐々に大きく広げていった。ハーモニーのヴェールが会場を包むにつれ、克馬たちは演奏の手を一人ずつ止めていった。

 ア・カペラを保ちながら四人はマイクを手に前の方まで進み出てくる。白衣姿ではない克馬の背中から、ペガサスの羽が生えて四人を包む。

(もう終わりか……。もう少しやっていたかったな)

 額からユニコーンの角が伸びて、角の先から光を放つ。光は宙で散らばって、観客席にまばらに注がれる。それは直接ではない為、触れたところで何も起きない偽物の光であったが、幾人かの手を伸ばした者たちには浄化の光であった。

 一人、また一人と歌い終えて、克馬も口を閉じた。

 最後に静かな会場の中、彩乃の声が一粒溢れて、ステージに落ちた。それで終わりだった。

 温かい気持ちが会場を満たしていく。

「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!」」

 克馬たちが軽く会釈をして手を振ると、会場が揺れんばかりに歓声が上がった。名残惜しいが次の演奏が控えてるのでゆっくりと袖に引っ込む。

 観客から見えなくなると同時に彩乃は腰が抜けて立てなくなる。膝から崩れ落ち、横にいたメンバーが腰に手を回し立たせる。

「おいっ、大丈夫か?」

 彩乃は顔をくしゃくしゃにしており、汗を多く掻いた額には髪の毛が張り付いていた。「まぁ、なんとか。

 はぁ……、終わったな」

 観客席からまだ歓声が聴こえる。自分たちの音楽で盛り上がってくれたのだと思うと、嬉しくなる。長く息を吐くと、今更ながら震えがぞわぞわと肌を波立たせて這い上がってきた。

「かつま〜、なんだか怖かったよお〜!」

 彩乃は克馬の首に回した腕に力を入れる。「あんな大勢の前で歌うのなんて初めてだったし、めちゃくちゃ緊張した!! 克馬たちはなんであんなに平気なの!? どうして!?」

 彩乃がバッと横を見ると、克馬が青白い顔で苦笑いをしていた。よく見ると脚も僅かだが震えている。「彩乃、勘違いするなよ。俺たちは動画で曲を発表する事はあったにせよ、人前で歌うのは……初めてだ!」

 横の二人も激しく頷く。「だから、こいつらも俺も、めちゃくちゃ緊張したんだよ! ははっ、最高だった!!!」

 四人はみんなして床に座り込んで笑い出す。

 かなり手応えを感じていた。時間は限られていたが、だからこそ完成した曲の仕上がりに四人は満足していた。

 観客の反応から、既に自分たちの勝ちは決まった様だった。

 勝利したあかつきにはアンコールで歌おう。そんな事を二言三言交わし、再び笑いあった。

 会場にアナウンスが響くと、四人は高揚感にあてられてふらふらとした足取りで袖まで戻った。

 四人は既に勝利した気分で相手の演奏を観ていた。


 さぁ、そろそろやってくるぞ!


 どんな顔して演奏するのか見ものだな。


 相当落ち込んだり、プレッシャーを感じている事だろう。


 けれど、そうは問屋が卸さない。


「さぁ、続いて陸上部です!

 バンド名は、『CBR』!! え〜と、これは、頭文字でキャット、ボア、ルードだそうです。いってみましょう!!! どうぞ!!!」

「え? 今、ルードって……」

「おいおい、嘘だろ」

 観客席から少なからずどよめきが起きる。

 アナウンスが終わると同時に有名な曲が流れてきて、スモークに紛れて真央とチョコともう一人がやってくる。スモークが晴れると、その正体をさらした。

 その人物が誰か分かると、観客も、克馬たちも、彩乃も時が止まった様に動かなくなる。

「「え?」」

「「え?」」

「え〜〜〜〜〜!!!!!」

「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!」」

 男は、今現在、世界的に有名なバンド「used」のボーカル、ルードだった。

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