6話-20
一瞬の出来事だった。克馬は何が起きたか理解が追いつかない。彩乃が乗ってる後ろのトレーラーから悲鳴が聞こえた。
「「わあぁぁぁぁあ!!!」」
克馬のマシンが風を受けて体勢を崩す。体勢を崩した事でマシンとトレーラーを繋ぐチェーンも大きく歪んだ。
チェーンに引き摺られて湖側に引っ張られるトレーラー。六角注に身体を縛り付けている六人の助手たちはパニックに陥っていた。
トレーラーに積まれていた薬品等が一斉に湖に落ち、湖面を濁らせる。
そして……重量のあるトレーラーに引っ張られる様にマシンも湖へ流れ、克馬はそれをコースへ戻す為に無理矢理力を加えた。それが不味かった。
チェーンはあっけなく切れ、トレーラーは助手たちを乗せたまま湖に向かって宙を舞った。
「ぶちょおぉぉぉぉお!」剛。
「たすけて〜〜〜!!!」愛美。
「おかあさ〜ん!」日奈子。
「ぎゃぁぁぁあああ!」彩乃。
「……(泡を吹いて白目を剥いている)」了。
「いやだあぁぁぁぁ!」丸三郎。
パラシュートの発射スイッチは了の手元にあった。誰もがパニックで発射スイッチの存在に気づかない。
真央も月卯も振り向くので精一杯だった。このまま湖に落ちれば、トレーラーごと沈んでしまうだろう。重さもあるので水底へはあっという間だった。
その時克馬が、貯めていたエネルギーを解き放った。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
前輪を少し浮かす様にして、空中へ迫り出す。
「伝説オォォオ!!!」
克馬の額からおかっぱ頭を縫う様にねじれた一角が突き出る。そして、白衣が背中に浮かび、広がりながらその姿を大きな真っ白い翼に変えた。
克馬は強烈な頭痛に見舞われる。能力を最大限に解放したので、反動で気持ちの整理が追いつかない。
(こんな奴ら見捨てろ! レースに勝ちたくないのか!?)
(彩乃が困ってる!!! 今助けられないと一生後悔するぞ!!!)
相反する感情をなんとか抑え込んで、自分の役割を思い出す。
(自分は仲間を護らなければならない。自分の感情は殺せ。──殺せ!!!)
克馬を乗せた自転車はトレーラーに追いつき、自転車を踏み台にして克馬は大きく羽ばたいた。手を柱まで伸ばす。
「おい! ……君たち、」
能力の副作用で気性が荒くなるのを抑え、両翼でトレーラーを包み込む克馬。
「ぶちょおぉぉぉぉお!!!」愛美。
「信じてましたあぁぁ!」日奈子。
「ありがとぉ、ありがとぉ……」剛。
「よきっ! ……よきぃ」了。
「うわぁぁぁあん!! 大好きー!!」丸三郎。
そして……、
「ぐすん、ぐすん……!」恐怖の為に泣き出していた彩乃は、ちょうど克馬から見て正面にいた。白衣の翼で他の者から見えない克馬の表情を、彩乃一人が見る事が出来た。
必死の形相でかけつけた克馬。トレーラーを包み込んで勢いを止めようと踏ん張った。無事トレーラーは止まったが、その時、克馬のかけていた丸眼鏡が衝撃で落ちてしまった。
「大丈夫であ〜る……か」
彩乃の瞳に映ったのは紛れもない、何度も顔を合わせた男の顔。ふらりと現れては自分の歌を聴き、最近ではようやく心を通わせたと思っていた男。
「お前……タクマ……か……、ひぃっ!?」
彩乃の視線には──、
角を生やし、
目を血走らせる、
──鬼がいた。