6話-18
「えっ? えっ?」
慌てて顔をおさえる彩乃。
「俺はただユニコーンの習性を云った迄だ。『荒々しく獰猛、心の清らかな処女の元では大人しくなる』ってな。
なんだ。あの彩乃も案外乙女なんだな」
「彩乃ちゃん! 可愛い!!」
「ふ、ふざけんなよっ! 誰が乙女だ!? 日奈子も人をちゃんづけで呼ぶな!!」
「違うのか? いつも影から部長の事を見続けてるから要素はあると思うんだけどなぁ」
「はあぁぁあ!?」
「あれ? 彩乃ちゃん自分で気付いてないの? 彩乃ちゃんは時間があればいつも克くんの事目で追ってるよ?」
(なんだってぇえええ!?)
彩乃は知らなかった。自分が克馬を目で追っている事、それを他人に指摘される迄自覚してなかった事、助手仲間内では周知の事実だと云う事。
思わずぎゅっと目を閉じてしまう。隠しきれない動揺をなんとか隠そうと、彩乃は反論を試みた。「んなわけねーよ。あたしはちゃんと別に好きな奴がいるしな!」
彩乃が恐る恐る目を開けると、徐々に明るくなる視界に驚いた様子の二人がうつる。
「嘘……だろ……」
「あんなに情熱的なのに……」
「嘘じゃねーよ。なんだよ、情熱的って」
「「……」」
彩乃はここで適当に話したらこの噂が事実になってしまう事に気がついた。なのでタクマには悪いが勝手に好きな事にして話し始める。
「ここだけの話にしろよ。
あたしさ、休日はギター片手に街で弾き語りしてるんだ。人気があるわけじゃない、たまに公園等で自己満足の為に歌って演奏しててさ。そりゃビッグになりたいって気持ちもあるけど、今はその話はいいな。
それである時、一人の男がやってきてあたしの演奏を絶賛した。はじめはうさんくさい奴が来たなと思ったよ。背が高くイケメンで、ナンパ目的かただ暇つぶしに声をかけてきたんだってな。
けどな、そいつは次の週もきた。その次も。いくつか会話も交わして怪しくない事も分かった。段々と距離が近くなり、こないだデートまがいの事もした」
目を逸らせる為の話をしているはずなのに、彩乃の中でタクマの存在はどんどん大きくなっていった。
そういえば、タクマは優しかった。いつも彩乃の気持ちを優先してくれ、時には気分転換を提案したりと、決して自己中心的な考えで行動しなかった。タクマがいると、自分がいつも以上に自由に行動出来ていた気がした。
彩乃の中で温かい感情が膨れ上がってくる。
(なんだ……あたしってばちゃんとタクマに恋してたんだ)
話をしている途中で彩乃は自分の気持ちを実感し黙ってしまう。
なら、どうして克馬に目がいってしまうんだろう。彩乃は克馬のシンボルマークであり、助手の証である丸眼鏡を外すと、赤くなった顔でそっと見つめる。
真っ赤になりながら恋に落ちた少女の表情になる素顔の彩乃を見て、二人は思わず声をかけた。
「彩乃……綺麗だ……」
「彩乃ちゃん……可愛い……」
「へっ? あっ! わっ!!」
自分が知らず知らずに素顔を晒していたのに気がついて、彩乃は動揺してしまう。
「彩乃がこんなに可愛かったなんて……恋した瞬間に振られるとは俺は不幸者だな……」
「私もだよ剛君。こんな天使が近くにいたなんて……でも彩乃ちゃんの心は既にどこの誰かも知らないイケメン──馬の骨の物なんだよ、とほほ……」
勝手に傷ついて抱き合って泣いている二人を見て、彩乃は冷静さを取り戻す。「……何云ってんだ。あんたらだって皆分厚い眼鏡をかけてるから、あたしは素顔を知らないぞ」
「ん? 見たいのか? 駄目だぞ。恥ずかしいからな……ぽっ」
「私の顔面偏差値なんて、十人集まっても彩乃ちゃんに見せられない程酷いから、だめ〜!!!」
「分かったよ……。んで、分かってくれたのか?」
「分かった。今度のレースで優勝したら二秒だけ見せてやるさ。二秒な」
「はいはいはい! 私一秒ならいいです!」
「てめぇらの顔の話じゃねーよ! ったく、もういいよ。さっきの話は」そう云って指で愛美たちを示す、「あいつら以外に広めんじゃねーぞ? 分かったな」
「ああ」「うん!」
「よし! 決まりだ!
さ〜て、克くんの自信がどれ程のもんか見せてもらおうじゃねーの。剛、日奈子、行こうぜ!」
「おう」「ええ」
自分の気持ちにまだ不安はあるものの、話して少しスッキリした彩乃はレースに向けて最後の準備に向かうのだった。