6話-11
──六月某日、くもり。
「またあんたか……」
あれから休日を迎える度に克馬がやってくる。少女は呆れ顔でいつもの様に迎える。「そんなに暇なのか? 別に無理にこなくていいんだぞ?」
遠回しに来なくていいと伝える少女に対して、克馬は笑う。
「無理なんかしてない。君の歌を聴く為に来てるんだ。別に遠くからこっそり聴いてもいいんだけど、それじゃ変質者と変わらないからな」そして克馬はいつもの様に目の前のベンチに座ると、少女を真っ直ぐ見た。「さぁ、聴かせてくれ」
「別にてめぇに合わせてやってんじゃねえよ! こっちのタイミングでやるから、黙って見とけ!」
そう云うが、すぐ歌い出す少女。歌い出すと、少女の表情が柔らかくなり、見ている克馬も一緒に鼻歌を歌いそうな気分にさせてくれる。しかし克馬は少女の歌う邪魔をしないように目を閉じて静かにしていた。
少女が歌っていると、鼻の頭に滴が落ちた。
「あ、雨だ」
地面にぽつぽつと濡れた跡が出来ている。そう思っていると雨脚が強くなり、克馬が咄嗟に傘を開いて差し出したので、少女はギターをケースにしまってその中に入る。
「すまないな」
「いいや。傘、持ってきてないのか?」
少女はギターケース一つで来てるのか、他に荷物が見当たらない。
「あんた、女子なら誰でも折りたたみを持ってると思ってないか? あいにく持ってきてないんだ」
そうあっけらかんと云い放つ少女。
「ここにいたら冷えるな。どうだ? コーヒーでも飲みにいくか?」
(ここからなら、一番近いのはここかな)
克馬は以前卒業生から教えてもらったオススメスポットから、一つの喫茶店を探した。少し列が出来ていたが、雨のせいなのかそれほど待たずに入れた。
入り口ドア付近に黒板が立てかけてあって、待っている間にメニューは決めていた。克馬はうどんとコーヒー。少女はうどんとパフェだ。
さっさと注文して出されたお茶を飲む。濡れて少し冷えた身体が回復する。
「さっきのメニューはなんだ? やたら長い名前してて、何度も噛んじまった」
一息つくと少女は先程見た黒板に書かれたメニューの事を思い出していた。食材が細かく書かれてメルヘンな名前のパフェが数種類書かれており、どれも長い名称で一度では覚えられそうになかった。
「それが売りらしいぞ。なんでも苺をスライスして盛り付けたパフェが一番人気らしい。これだ」
克馬はネットから拾った画像を少女に見せる。少女は画像を見て目を丸くする。「ひえ〜、こんな細かいのか。腱鞘炎待った無しだな」
しばらく会話していたら、うどんがやってきた。克馬も少女も食事中は黙って食べるタイプらしく、互いの間にうどんをすする音だけが響いた。
「お待たせしました」
食後のコーヒーとパフェが置かれた。店員が呪文の様な事を呟き注文の確認をとったが、少女は自分が注文したパフェの名前など既に忘れていたので何も考えず頷いた。
少女がパフェを食べ始める様子を、克馬はテーブルについた片腕に顔を乗せた状態でにやにやと見ている。少女は見られている事よりもパフェを食べる方に夢中で、目線をパフェに固定したまま、
「ファンサービスしてるんだから、しっかり奢ってくれよな」と云う。
「おっと、そうなのか? まぁ、いいだろう」
「あんた、名前は?」
「他人に名前を訊ねる時はまず自分からだろ?」
「あたしは彩乃」
彩乃はあっさりと答える。「あんたは?」
「タクマ」
克馬は嘘をついた。
彼は彩乃が新しく加入した自分の六番目の助手だという事を知っていた。それを彩乃が気づいていない事も。克馬は普段変装をしている時は幾分か声も高めに話していたし、あの見た目だと殆どの人はここにいる彼と同一人物だとは思わないだろう。
彼は楽しんでいた。あの時彩乃の音楽に一目惚れしたのは事実だ。そして、その事と別に科学部で彩乃の腕を買ったのも。それは別々に考えなければならない。自分自身の役割が学校の中と外で別々の様に。
「タクマって云うのか。良い名前だな」
「彩乃は駄目なのか?」
「中学の頃クラスメイトのガキに同じ名前のAV女優がいるって教えられた時から嫌いだよ」
「そんなもんか? 俺は君が彩乃ってのはぴったりに思えるけどな」
「よせよ。この見た目にこの名前じゃ、どうしたって落ち着きのあるお嬢様には見えねえよ」
「お嬢様に見られたいのか?」
「見られたいね。あたしの音楽を聴けば分かるだろ? あたしはロックをやりたいんじゃない。J-POPとか、童謡とか、みんなのうたを歌うのが性に合ってるんだよ。なのにこの見た目じゃ誰も聴いてくれねえよ。
その点あんたの見た目で名前がタクマってんなら、見た目通りだぜ」
彩乃は手で銃のジェスチャーをして、ウインクと共に撃った。「ばぁん」
克馬は思う──、彩乃は見た目や話し方よりもよっぽど大人しく、純粋で良い子なのだと。歌が好きで幸せそうな表情で歌う。幸せそうな声で歌う。克馬はあの夜を感じる歌声が好きだった。