5話-25
北野川先輩の芸は、予想を遥かに超える出来映えだった。
超絶技巧──と云っても差し支えないかもしれない。幾本もに増えたかの様な手の動きによって、カップやもこもこが宙に舞い続けた。
もこもこは出し入れ出来るのか予想もつかない場所から現れ、カップにあらゆる回転や複雑な動きを与える。
変幻自在に飛び回るカップと、とても柔らかい身体を使った舞は、観る者全てを魅了した。これらの動きが一人の人間の手で出来るのかと、まるで夢でも見せられた気がした。
──そう、不可能なのだ。
この動きは北野川先輩が十二支の身体能力と自身の能力を最大限に用いて行なっている動きだ。その芸には称賛と畏怖を覚えるが、実際にそれらを再現しようとすると、プロの大道芸人でさえ雲を掴む様な物になる筈だ。
私はアートとしての彼女の芸は楽しめたが、迫力がありすぎて反応に困ってしまった。まるで線引きをされた向こうの世界からやってきて、未知の生物の動きでも見せられているかの様な……そんな動きだった。
(やはり先輩は凄かった。実力も圧倒的だ)
私は北野川先輩の演技を見終えて、あらためて自分がどの様に芸を披露するべきか確信した。
職人気質の先輩の様な芸ではなく、あくまで観客に寄り添う為の魔法。かけられた人たちがワクワクして動き出したくてたまらなくなる、そんな芸をしてみたい。
握りしめる拳に鈍い光が浮かび上がる。芸を終えた先輩に観客席総出で立ち上がって拍手を送っている。
立ち上がらない私に気づいた一華ちゃんが心配そうな視線を寄こすが、私は安心させる為に笑って首を左右に振る。
私の瞳に宿る想いが見えたのか、一華ちゃんもやる気に満ちた表情で胸の前で拳を握った。私たちは軽く拳をぶつけ合う。その時、私の拳を包んでいた光がぽっと弾けた。
光を受け取って笑い出した一華ちゃんの手を借りて私は立ち上がる。つけ髭をつけ、まだ興奮の中にいる同じ列の人たちの前を通る。
準備はオーケーだ。私たちは私たちの芸を披露するだけ。
「思いっきり楽しもう」
「うん! チョコちゃんの云う魔法を、みんなに沢山振りまいちゃお!」
そして私たちはステージへ向かった。