5話-21
ドアが閉まってしばらく……。戻ってくる気配がないのを確認して動く影があった。
((危なかった〜!!!))
目を閉じた真央の顔は真っ赤で、汗が浮かんでいる。
バッと布団がめくれ上がり、中から驚くべき俊敏さで修弥が飛び出す! 彼はダッシュでドアに行き、急いで鍵をかけた。
二人とも物凄い速さで心臓が鼓動を鳴らしていたが、修弥は冷静に振る舞う様努めた。
真央とは目を合わさずにそっぽを向きながら口を開く。
「あ、危なかったな〜。一時はどうなる事かと……」
キョロキョロと視線を彷徨わせる修弥に対して、真央は先程の状況を思い出してガチガチに固まっていた。
(思いっきり触られた! 思いっきり嗅がれた!!)
急な事とは云え、隠れる為に布団の中に入ってこられ、その拍子に沢山汗をかいている自分の匂いを嗅がれたりお腹や脚を触られてしまった。チョコが帰るまでの間みじろぎする修弥を止める為に身体を太ももで挟んでいた。恥ずかしさで赤面したまま、こちらの世界へ帰ってこれないでいる。
顔から湯気が出ている真央を、これまた動揺していた修弥がようやく気付いて近寄ってきた。
「だ、大丈夫か真央!? 顔がひどく赤いぞ!?」
頬に手を添えて心配そうに真央の顔を覗き込む修弥。そのタイミングで真央の意識が戻ってきた。
意識が戻ると同時に、鼻と鼻が触れ合いそうな距離に修弥の顔がある。
「わ゛、わ゛〜! しゅうちゃん、近い近い! ぅぐ!?」
慌てて後ずさるが後頭部を壁にぶつけてしまう真央。
「うわ〜、大丈夫か〜!!」益々心配して近づく修弥。二人ともパニックに陥っていた。
──少し経って──。
「「……」」
気まずさに背を向けて座る二人。やっと冷静になれたが顔の火照りはまだ治まらず悶々としていた。
(真央……、良い匂いがしたなぁ)
修弥は先程の密着した姿勢の時の真央の匂いを思い出していた。その時の匂いが袖についているのをネズミの嗅覚で感じとると、おもむろに匂いを嗅いでみた。途端に後頭部に衝撃を受ける。
「嗅ぐな〜〜〜!!!」
真央の投げた枕だった。込められた力は強く、ぶつかった勢いで壁まで吹っ飛ぶ修弥。
軽く鼻をぶつけた修弥が真央の方を向くと、真央は涙目になって修弥を睨んでいる。
「シャワー浴びれてなくて臭いんだから、恥ずかしいからやめて」
「俺は全然臭くないと思う」
ハッキリと云う修弥の言葉に益々赤面する真央。修弥は警戒している真央に少しずつ近づくと、その手を握った。「先程は緊急事態とはいえ済まなかったな。真央の機嫌を損ねたのなら謝る」
手を握られてドキッとし、目を合わさずに言い訳する真央。
「べ、別に嫌だった訳じゃないもん。急だったから驚いただけで……」
今思えば別に布団に隠れる必要はなかった。当たり前の様にそこで話していて、挨拶を交わしながら経緯を説明すれば良かったのだ──。
⭐︎
昨日、鈴森が考えた秘策は、修弥を呼び出すという物だった。席を外してブラバンの部長と連絡を取り、自分のスマホの番号を教えて修弥に電話して欲しいと伝えた。真央の事で急ぎで話があると。
電話はすぐにかかってきた。鈴森は真央が体調不良で倒れてしまったと、多少誇張を混ぜながら修弥に説明した。
『はい、はい……、そうなんです。ええ、真央ちゃんが急に倒れて……、高熱が出てかなりまずい状態で……、ええ。峠は越えましたが、もし宜しければ朝一の便でこちらにきてもらえると……はい』
真央の事が大好きな修弥は愛する人のピンチに慌てふためいて、急いで部長と大和に連絡を取ると知り合いに車を出してもらい、電車が始発運転を開始する頃には既に港にいた。クルーザーの船長を叩き起こして船に乗せ、昼前には島に着く事が出来た。
島についてからの事は鈴森に訊いていて、クルーザーの上で再度電話をかけて、港に車を一台用意してもらった。
「……内緒ですよ」
鈴森は修弥の行動力に目を見張った。
ヤバイ奴を召喚してしまったと自覚しながらも、もう今更後には引けなかった。真央の為には修弥が必要だと十二支の集まりでそれとなく察していた鈴森は、他に頼るあてがなかったのだった。
到着するなり港近くの茂みに隠してあった車に乗って、修弥は急いでペンションまで向かった。無免許運転が生徒会に見つからなかったのは奇跡と云ってもいいだろう。部屋の位置も訊いていたので、最短距離でそちらに向かった。その時誰にも合わなかった事も奇跡だろう。
ノックする事も忘れてドアを開けた修弥と、鍵をかけ忘れてちょうど汗をタオルで拭っていた真央の目が合った。
その時の修弥は真央の顔を見て安心したいがあまりその場の状況については一切頭が回らず、真央に至っては管理人の奥様とのやり取りの時自分が倒れた事は一部の人間に知らされていて、このフロアは女性専用になっている事も教えてもらったので、安心して気が緩み、鍵もかけずに上半身を脱いで貰ったタオルで身体を拭いていた。
ドア越しに目が合う二人──。
「「……」」
「うわ〜〜〜!!!」
「いや〜〜〜!!!」
この時、ちょうど皆様々な事情で──外に出ていたり、ボイラーの点検をしていたり、その他色々──二人の叫び声に気がつかなかったのは正に奇跡であった。
そんな事があって気まずかった二人。恥ずかしかったが大好きな修弥が来てくれた事に喜んだ真央が、奥様が用意してくれたカップ(何故か二つあった)に二人分の紅茶を注いで、修弥に話を訊いた。ここに来るまでに飲まず食わずだった修弥は事の経緯を話しながら真央の為に用意された食事を食べ、紅茶を飲んだ。真央は話を聞きながら、修弥が食べる様子を笑って見ていた。
修弥が一通り話し終えると、真央は感動のあまり顔が上気し、修弥は無事だった相手が急に愛おしく見えた。
良い雰囲気になった二人が徐々に距離を近づけ、互いの唇が触れそうになった瞬間!
──誰かがドアをノックした。先程のチョコである。
⭐︎
そんな事があって現在に至る──。
手を握った修弥と握られた真央。二人は再び良い雰囲気になっていた。