5話-9
「……ちゃん、ョコちゃん、チョコちゃん!」
いつの間にかまた意識が底に沈んでいたようだ。何度目でやっとその声が自分に向けられている物だと気付いて、私はハッとした。
「あぁ、一華ちゃん。ごめん、何?」
「……チョコちゃん体調悪いの?」
一華ちゃんと鈴森さんが気遣う様な視線を送ってくる。
あれからペンションに帰ってきて、ゾンビのようにシャワーを浴びた。部屋にシャワー室は併設されていないので、管理人室に許可をもらいに行ったのだが、その時いた奥様に私の顔色が悪すぎて大変驚かれた。
心配されたが大丈夫な旨を伝えると、浴槽は昼の間は湯を抜いて掃除するそうだが、大浴場自体は基本的に二十四時間好きな時間に利用して構わないという。有り難く使わせてもらい、最大十人位で使える広さの大浴場を一人で使わせてもらった。
ほぼ真水のシャワーを浴びていると身体が冷えたが、同時に頭も冴え、冷静になる事ができた。
着替え終わって部屋に戻ると、朝食の迎えに来てくれた一華ちゃんが鈴森さんとお話ししていた。タイミングが良いので、そのまま三人で食堂へ行く。
お風呂に行く時もそうだったが、ペンションに吹き抜けがある為二回にも匂いが漂っている。小麦の焼けるような、あのなんとも云えない良い匂いだ。
食堂に入ると、思わず鼻が反応して変化しかけた。
中央に長テーブルがいくつかあり、それを挟むように椅子が用意されている。そしてその奥の窓側に、料理研究会が腕によりをかけた料理がバイキング形式で並んでいた。
バイキングのメインはなんといっても豊富な種類を揃えた焼き立てのパンだった。朝早起きした理由はこのパン作りにあったらしい。
ドイツ系のハード系が主で、惣菜パンや菓子パンもある。パン以外では燻製肉やサラダ、採れたての卵を使用した玉子料理。お粥を中心とした和食も用意されていた。
私たちは各々好きなものをプレートに盛り付けた。私は走った後なのでしっかりとお肉やハード系のパンを、一華ちゃんはパンは試食したそうでお粥と和惣菜を、鈴森さんはクリームボックスという甘いクリームが乗った四角いパンを何個もお皿に乗せて、他にサラダやフルーツを山盛り。
とっても美味しかったのだが、幸せを実感すると同時に心の中でバランスを取る為に先程の事が思い出され、むしろそちらの方が重くのしかかって私の心はぐらついた。
いつの間にか箸は止まり、意識が深く沈み込んでしまった私を、なんとなく変に思っていたのだろう、一華ちゃんが声をかけてくれた。
二人に心配かけて申し訳ないと思いつつ、私は曖昧に返事をする。
「う〜ん、どうかな。身体じゃなくてこっちが」
そう胸を指し示すと、一華ちゃんもキョトンとした顔で自分の胸を指差す。そして慌てた表情になり大変大変と騒ぎ出す。
その横で私たちのやりとりを見ていた鈴森さんが、四角いパンを口いっぱいに頬張らせながらもごもご云う。
「なんはへさほほっへひたほいはあへんへしたあ、ほとにいってはら何かあったんですか?」
話しながら咀嚼する鈴森さん。だが肝心の前半が聴き取れなかった。
そして目の前の牛乳で口の中の物を一気に流しこんで、もう一度云う。
「なんか今朝戻ってきてから様子が変でしたが、外で何かありましたか?」
(あったんです。もう辛いのなんのって出来事が。でも、二人に相談するのも悪いからなぁ)
私が中々云いだせないでいると、二人は顔を見合わせて自分たちの朝食を物凄い勢いで終わらせた。そして、こちらに掌を向けてどーぞどーぞとやっている。
二人に話せば楽になるだろうか。私は思い切って二人に今朝の出来事を相談した──。