4話-22サイド
「……」
「先程入りました情報によると、大吊橋の火災に巻き込まれた松本選手と舞咲選手は無事だそうです。橋から落下し、谷底を流れる川に沈んだマシンが浮上し、そのまま海へと流れ出たとか。
今、消防部の白石が救助に向かい、救助ヘリもそろそろ辿り着くそうです。二人の命に別状はありません。
今見さん。今見照夜さん?」
「あ……はい。そうですか。皆さん無事ですか……はぁ、よかったぁ」
突然のアクシデントに茫然自失としている今見。黒崎は少し心配そうな眼差しで今見を見ている。
今見も黒崎の視線に気づいたのだろう。はっとして、佇まいを正す。
「失礼しましたっ! 無事です! 舞咲選手は無事だそうですっ!!!
消防部が救助に向かいましたが、その前にその場に居合わせた松本選手が救助をされたそうです! 燃え盛る炎の中に物怖じせず飛び込んだ彼の勇気に拍手を送りたいと思います!!!
今しがた舞咲選手は消防部に引き渡され、松本選手は……なんと! レースに戻ったそうです!!!
一体、彼の何がそうさせるのでしょうか!?」
「確かに陸上部との『下克上』でもある本レースは、彼にとって負けられない戦いではあるのでしょうが、先程のアクシデントを経験して尚レースに挑むとは……、このレースは彼にとって特別なものなのかもしれませんね」
「あれ? ここは……」
一華の身体は砂浜から木陰に移され、簡易ベッドの上に寝かされていた。
「舞咲さん、目が覚めた? あなた、他の選手の事故に巻き込まれて、燃える橋の上から落ちたのよ」
目覚めた一華のそばにいた紅律が声をかける。まだぼうっとした意識の中で、一華は先程まで自分が火の中にいた事を思い出した。そして、薄れゆく意識の中で誰かが自分の名を呼んだことも……
「白石先輩? じゃあ、私が聞いた声は……」
「声? 声は知らないけれど、あなたを助けたのは、松本先輩よ。
彼が命がけであなたの命を救ったの。」
そこで紅律は、遠目で見た当時の状況を一華に語って聞かせた。一華のマシンが橋から落下した事。追いかけた伊吹が途中で捕まえて、上に向かって仰いだ扇の力で火事を消した事。二人とも川に落ちたが、伊吹に聴いたところによると、彼が一華のマシンを最後まで離さず、抱き抱えたまま海まで辿り着いた事。
「彼はあなたの無事を確認して、その後私たちに引き渡したらレースに戻っていったわ。」
「そう……ですか」
一華には意識が途絶えてからの記憶がないが、不思議な事にその間にも声が聞こえ続けていた。
── 自分の能力を信じろ……。生きる事を諦めるな……!
「彼からあなたに言付けがあるの」
「私にですか?」
「そう。『君の為に優勝をかっさらってくる』ですって。先輩にもそんな恥ずかしい台詞が云えたのね」
その言葉に一華の表情は赤くなった。伊吹も本気でその様な事を云っている訳ではないと頭では分かっているのだが、先程妄想の伊吹に救われた事で余計に意識してしまう。
「そうですか……、先輩がそんな……」
言葉尻が弱くなり、ごにょごにょ云ったまま頭から湯気を出す一華。
伊吹本人は本気で云ったつもりだが、遠回りになったが一華に気持ちは伝わった。一華はレースに向かっている伊吹に対して、精一杯祈った。
(神様! どうか、先輩を優勝させて下さい!!!)
「しょうがない、ここから降りて、うまく迂回できるルートを見つけたからそこから行こう」
山道の崖から降りて、比較的傾斜の緩い道を滑り降りる。そのまま谷底に向かい、川をなんとか渡りきり反対側の山道に戻る。愛理が提案したルートには、優穂の運転技術やマシンの性能、優穂の能力を考慮した上で新たに考えられていた。
「それでも、随分遠回りになるのね。少し危険な道もあるし」
「これでも私たちの限界を加味して最大限譲歩したルートなのよ。
はぁ、まさか橋が燃え落ちるなんて誰が想像した? さっさといきましょう」
これ以上他のマシンと離される訳にはいかず、北野川姉妹は溜息をつきながらハーレクイン・シスターズを走らせた。
そして、誰もいなくなった山道に、遅れて一台のマシンがやってきた。西園寺姫依が運転するセンスオブワンダーである。
「……」
姫依は橋に差し掛かったが、問題の橋は既に殆ど崩れ落ちていた。
車一台が渡れるスペースどころか、ただ最初と最後だけ残して、他は全て川に飲み込まれていた。
「……鳥」
姫依はポツンと呟き、黒く大きな羽を広げた。センスオブワンダーの屋根が開き、姫依はマシンを走らせたまま飛び上がった。運転席と助手席をそれぞれの手で掴みながら、足先は後方へ流した。
そのままセンスオブワンダーが橋の端から飛び立つ。
広げた翼で風を掴み揚力を得た姫依は、滑空に近い形で反対側まで飛んでいく。センスオブワンダーは滑らかに地面へ降り立ち、姫依は再び運転席に座った。そのまま何もなかったかの様に山道を下っていく。
──こうして、性能上橋を渡る事ができないアカリサラマンダーを除く全てのマシンが、あらゆる方法で大吊橋を渡り終えたのだった。