紗里真の宝物庫と崩れた工場
紗里真のお城にたどり着いた飛那ちゃんは、最初から明らかに顔色が悪かった。
大丈夫? なんて聞くまでもなく、大丈夫じゃなかった。
(なるべく早く用事を済ませてさっさと帰る、が得策かしらね……)
自分の部屋や玉座の間、たくさん思い出の残っている場所にはまだ行けない、と彼女は言った。
私は過去にあった悲劇の全部を聞いている訳じゃない。8歳と10歳の時に彼女がこの城で負った傷は、想像の域でしかない。
それでもそのトラウマが根深いことだけは、一緒に過ごしたこの7年間で嫌と言うほど知っている。
紗里真に残っている民達の様子が気になるからって、城下町を見に来たまでは良かったのに。この場所に来なければいけなくなってしまったのは、飛那ちゃんにとって予定外だったろう。
どんな気持ちでいるのかその背中からは読み取れなかったけれど、彼女は一歩一歩足を進めて、地下に続く階段を降りていった。
放置されていた年月から考えると荒れ果てた感じは不思議となかったものの、大きくて、静かで、寂しい城だった。
飛那ちゃんや蒼嵐さんが過ごしていた頃は、もっと賑やかな場所だったんだろうな。
「……ここだ。よく覚えてたなぁ、私……」
そう言って飛那ちゃんが立ち止まったのは、大きな銀色の扉の前だった。
扉には鍵がかかっていることもなく、金属の取っ手を掴んで横に押し開ける。ギギギ……と金属のこすれるような音がして扉が開いた。
あっさり中に入ることが出来たけれど、ここが宝物庫……のわけないか。
礼拝堂のような神聖な空気が漂う部屋は、白い柱が奥まで伸びている。埃っぽく感じるのは、時間の流れによるものだろう。もとは綺麗な部屋だったに違いない。
美しく彫刻が施された柱の並ぶ先に、黒い台座のようなものが置かれていた。
近寄ってみると上には何が置かれている訳でもなく、細い穴が1つだけうがたれている。
「これが、鍵穴なんだよ」
なにかの芸術品でも置いてあったかのような台座だ。飛那ちゃんはいつものように神楽を顕現すると、逆手に持って黒い穴に突き立てた。
どこかで、ゴウン……と響く音が聞こえた。
「その奥が、宝物庫だよ。父様と……何度か入ったことがある」
飛那ちゃんの指さした先、台座の奥の壁が左右に割れていく。と同時に、壁の穴から覗いた部屋らしき場所に、ぽっと明かりが灯った。
中はかなりの広さがありそうだ。
(これが宝物庫……!!)
隠し扉の存在にテンションが上がった。私の頭の中に『宝の島』だとか『ダンジョンの秘宝』だとか、今までに読んだ色んな本のタイトルが浮かんでは、消えていく。
金貨や宝飾品がジャラジャラ山積みになって、光り輝いている様子が目に浮かんだ。
私はドキドキしながら飛那ちゃんの後に続いた。
宝物庫に足を踏み入れ、ぐるっと見回してみると。
「……あれ?」
なんか、思ってたのと違う。
殺風景だ。
どちらかと言うと、図書館やナントカ展示館みたいな事務的な造りじゃない?
大きい棚や、引き出しや、ああ、高そうな入れ物もあるけど……
床に散らばった金銀財宝は、どこへ行ったの?
私がそう言うと、飛那ちゃんは「夢を見過ぎだ」と呆れた風に返してきた。
「城の中で人間が管理してるんだから、整頓されてるに決まってるだろ。ここには現金はそれほどないはずだけど、換金出来るものが詰まってるんだ」
「じゃあ、金貨や宝石がザクザクとかは……」
「金塊ならあるけどな。宝石も……あると思うぞ、この辺に」
飛那ちゃんが開けた棚は二重構造で、更に透明なガラス張りになっていた。ずらりと並んだ宝石が光り輝いている。
宝物庫って言うより博物館みたいだけど、お宝はあった! ビバ宝物庫!
「とりあえず、この辺だけでいいだろ」
その下にある金属の引き出しを手前に開けて、飛那ちゃんが取り出したのは光り輝く金塊だった。かなりの大きさだ。
目を奪われている私をよそに、彼女は引き出しを閉めてさっさとUターンすると、宝物庫を出て行ってしまった。
「え? もう帰るの?!」
私と違ってお金に執着がないのを知っているけど、もっと他に見ておかなくていいんだろうか。なんのお宝があるとか、全部でいくらぐらいの価値があるとか。
「美威、閉めるぞ」
「ま、待って!」
飛那ちゃんが台座から神楽を引き抜くと、目の前の扉はまた動き始めてゴトン、と元通りに閉まった。こうして見ると、確かにタダの壁だ。神楽がなければ開かないのなら、この先に宝の部屋があるとは誰も思わないだろう。
荒らされないで残っていて良かったけれど……宝物庫……もっとゆっくり見たかった。
「あと一箇所だけ……行っておきたい場所があるんだ」
どことなく沈んだ顔でそう言うと、飛那ちゃんは地下から出て外へ出て行った。
元は庭園だったのかもしれないけど、鬱蒼とした場所だった。石畳の間から雑草が生えているし、あちこち荒れ放題だ。
「美威、ちょっとここで待っててくれ。あいつを壊してくる」
「え? 何を壊すの?」
「あの工場の残骸だ」
庭園の隅に割り込むようにして立っている、大きめの建物に向かって飛那ちゃんは歩いていってしまった。
なんの工場だったんだろうか。もうかなりボロボロしてて、天井付近なんか崩れているように見えるけど……
視線の先で神楽を出した飛那ちゃんが、剣を緑色の風属性に光らせた。
「え……」
(それ、ちょっと全力過ぎない?)
衝撃波に備えて自分の周囲に盾を張った瞬間、薙ぎ払われた魔法剣から、風魔法をまとった巨大な剣気が飛んだ。
瞬きする間もなく到達した緑色の斬撃が、建物の壁に接触した瞬間。
轟音とともに砕けた建物が、嵐のように四散した。
いくら周りに人がいないからってやり過ぎだよね?!
まるで何かの恨みがこもったかのような一撃だった。
工場そのものよりも彼女の中でわだかまっていた何かを壊したかったのだと、崩れていく建物から顔を背けた彼女を見て気付く。
飛那ちゃんは土埃をあげるがれきの山を見ないように、目を伏せて静かに泣いていた。
ゆっくり持ち上げられた左手が、剣を掴んでいる右手を強く握りしめるのが見えた。
「ごめんなさい……先生」
消え入りそうな謝罪の言葉を、聴覚をあげた耳が拾ってしまったことは、彼女には言えない。
どこまで過去は、彼女を追ってくるのだろう。
いつまで続くのだろう、この悪夢は。
(幸せに、なって欲しいのに……)
このままじゃダメだ。
そう思いながらも知ってる。
きっと私の力だけじゃ、彼女をこの呪縛から解き放ってあげることは出来ない。
確信にも似た実感が、こんな瞬間にどうしようもなく重くのしかかる。
重力を増した足を引きずるように、近付く。
私より高い位置にある頭をこうして抱え込んでも、彼女の苦しみを無くしてやることはできないと知っている。
大丈夫だよ、と言いたい言葉を飲み込んで。
無言のまま薄茶の髪を撫でていたら、左肩に額を押し付けたままの飛那ちゃんは「ごめん」と言った。
「馬鹿ね」とだけ答えた私は悔しいから、何に対しての謝罪だったかなんて、聞いてあげない。
わざわざお越し下さり恐縮です。
本編に組み込まなかった今更な古いシーンですが、捨てるに忍びなくそっとアップしました。
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